『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第33章 選択 −2−
「文を、出します」
「姫様、」
「私は……このまま北を目指します」
――ゴルディアだ。
男2人の表情が険しくなる。
「いえ。戻りましょう」
「参ります」
「なぜですか、姫」
「……」
「これは……もう、」
言いよどむが。
決意する。デュランは言う。
「あなたの想像の範疇 を超えている」
そして、
「あなたの命は、国の命運を握る」
「……」
「ブルーム・ロンバルト公は倒れました。エンドリアは柱を失った……あなたが倒れれば、それ以上の事が起こる。国を左右する、わかっておられますか?」
――ヴァロック王が動けぬ今。
何が主軸になろうとしているか。何がこの国を支える柱となろうとしているか。
この、目の前にいる美しく気高い少女。
彼女が握るのだ。彼女の命そのものが。
――国の行く末を決める。
……いいや、だがデュランとそしてカーキッドは思うのだ。そんな予感が胸に過るからこそ。この人に安全な場所にいてほしいと。
これ以上、危険に向かって挑まないでほしいと。
――磔にされた姫の姿は、男2人の目に焼き付いた。傷として。
そして密室にて1人、急襲されたブルーム・ロンバルトの姿も。
もしも姫が、同じ目に遭ったら。もしもまた彼女を危険な目に遭わせたら。
そして、万が一にも命を落とすような事になったら。
「戻りましょう」
「いいえ」
「……姫様ッ」
「私が戻って、どうなるのです」
「何を仰せか」
「戻っても、事態は止まらない」
「そういう問題ではありません!」
「ハーランドには、父がいる。そして優秀な大臣たちがいる」
「――」
「……バジリスタへの備えは、きっと、大丈夫……」
国境を固めるとか。軍備を固めるとか。
そんな指揮は、オヴェリアが戻らずとも整う。
ならば、今自分にできる事は?
「かねてからの目的。……黒い竜を討伐します」
「それは、罠ですぞ!?」
「……」
「……おそらくは、すべて最初から。黒い竜そのものが、奴らの罠だったやもしれません」
「……」
竜と倒す、白薔薇の騎士≠呼び出すための罠か。
「姫様、どうかお願いいたします。もうこれ以上は。あなたが危険な目に遭うのは、耐えられぬ」
姫であるとか、立場だとか、それ以上に。
この少女が危険にさらされるのは、もう、見てられない。
――カーキッド、デュラン、そしてマルコ。全員が同じ思い。
守りたいのだ。
傷ついてほしくないのだ。
笑っていてほしいのだ。
……彼女のその身に危険が迫る事も。そしてその腕で剣を握る事も。
彼女が苦しむ事も、悲しむ事も。
見たくないのだ。
――大切なのだ。
この人が。この魂が。
純粋すぎる、このまっすぐな魂を。
愛しているのだ。この場にいる全員が。
「姫様、戻りましょう」
「……」
オヴェリアはしばし沈黙し、自身の膝を見た。
そして。
「ありがとう」
と言った。
男たちは姫を見た。
その1人1人に向けて、オヴェリアは微笑みかけた。
「私を心配してくれるのね」
「姫様」
「でも……私はこの剣を握ってしまった」
――最初から、決まってる。
もう決意した。
いいや、その決意はこの旅で少しずつ。
色々な経験の中で積み重ねて。
――剣を振り、戦い。
「私は、白薔薇の騎士」
もう、ただの姫ではなく。
ただの姫には戻れない。
守られる事よりも、守る事を選ぶ。
先陣をきり、戦う。
全部守る。この目に映るすべての現実。
守れなかった1つ1つの無念と共に。灯せなかった希望と、救えなかった命の代わりに。
この旅で見てしまった絶望と、すべての懺悔を胸に。
彼女が得た力は、心は、そして魂は。
「黒い竜を討つ事。これは私が背負った事。誰にも代わりはできません」
今こそ、本当の輝きを解き放つ。
「それが国に害を成すとわかっていて、背を向ける事はできません」
そうでしょう? カーキッド。そう言って彼女は男を見た。
「待っていると言った敵を前にして、あなたは背を向ける事ができるの?」
「――」
ねぇ、デュラン様? と彼女は神父に視線を移す。
「民を救うと言って旅に出たその約束も違えるような、民のために戦えぬ者の後ろに、誰がついてきてくれましょう?」
そしてマルコを見る。
「あなたに恥じたくはない」
……。
「……生意気言いやがる」
「……まったく、頑固な方だ」
「……姫様……」
「どうするべきか、カーキッド」
「おいオヴェリア、わかってんのか? 本当に覚悟はあんだろうな!?」
「何を今更」
「俺は守らんからな」
「カーキッド、お前はそれしか言えんのか。……姫様、私は快諾できぬ。これ以上はやはり、」
「デュラン様。ごめんなさい。……本当にごめんなさい」
「何を謝られる、姫」
「……手を貸してください」
「……」
「私1人だけでは黒い竜に敵わぬ事は承知しています。旅に出てようやく気付いた……1人では無理だった。顛末がどうなるかしれませんが……カーキッド、デュラン様、そしてマルコ……力を貸してください。ごめんなさい、本当は皆が心配してくれてるのはわかってるの。私の選択次第であなたたちをも危険にさらすのはわかってるの……でも、私……」
「姫、」
「私、初めて国の役に立てるの。父上の役に」
「……」
「立ちたいの。……わがまま言ってごめんなさい。困らせてごめんなさい。本当にごめんなさい……でも助けてほしいのです……私、頑張りますから。一生懸命頑張りますから」
「……」
少女が、必死に訴える。
もう、敵うわけがない。
「チ。馬鹿が」
「我らの心配など無用。あなたをお守りする、我らは皆その誓いを立てております」
カーキッドが何か言おうとしたが、デュランは無視した。
「ならば、道は1つ」
「竜を斬って、大至急戻るぞ」
「無論、全員無事に、です」
「僕も、お城に行ってみたいです」
「カーキッド、デュラン様、マルコ……」
「あーもう、クソが。大体この女を説得しようなんざ時間の無駄だっつっただろうが。腹が減っただけだ。マルコ、食い物もっと持って来い。後、酒だ」
「僕、お酒はよくわかんないから。たまには自分で行ってよ」
「何でもいいんだ、一番高そうな奴くすねてこい!」
「仕方がない。急ぎ決着をつけましょう」
「グズグズしてらんねぇ」
「まったくだな」
「じゃあ、僕、手紙を届けてくれる人を探します」
「それより先に酒持って来い!」
「だから、わかんないって言ってるじゃんか」
「皆……ありがとう」
何度も何度も。
ありがとう、とオヴェリアは言った。
――城の中にいて、こんなにこの言葉を言った事があっただろうか? と思った。
(父上、待っていてください)
希望はあります。心の中で呟いた。
必ず、竜を倒したという報を持って。
(ハーランドに戻ります)
その時には。
あなたと共に、この国のために、戦います。
――白薔薇の剣と共に。戦います。
そう胸に決め、オヴェリアは前に進む決断を下す。