『 白薔薇の剣 』

−最後の王女の騎士録−

 

目次

 番外編  眠れぬ夜のおとぎ話 

しおりを挟む

  ◇ ◇ ◇

 ――町に宿は3件あった。
 その中で、彼らは町外れにあったその場所を選んだ。
「こちらの方がいいです」
 オヴェリアの意見だった。
 理由は1つ。玄関先がきれいに花で飾られていたから。
 鉢もかわいい。呼び鈴も天使を象った物である。
 カーキッドは1つ前に見た宿の方がいいと思ったが(安そうな気がしたから)、
「ここがいいです。お部屋がかわいいって書いてあります」
 オヴェリアに見つめられ、
「かしこまりました、ここにいたしましょう」
 デュランが勝手に扉を開け、
「やった、今日は野宿じゃないですね」
 マルコも上機嫌で宿の中へと入っていったので。
「……おい」
 止められなかった。
「ほら、カーキッド」
「……」
 仕方なく中に入る。
 ――中も、外観と同様の乙女チックな様相。
「かわいい」
 オヴェリアがキラキラと目を輝かせている。
 それを横目にため息を吐き、とりあえず受付で値段だけ尋ねてみるかと思い直す。
 が、カーキッドよりも先にデュランがすでに交渉に入っていた。
 デュランはカーキッドを振り返り、
「わかっている」
 と納得顔で頷いた。
「部屋は、1つで」
「お1つですね?」
「はい」
 デュランはオヴェリアを振り返った。
「今宵は私がお傍でずーっとお守り致します」
 ――刺客が危険だから、部屋は1つで過ごしてきた。
 オヴェリアから今までの旅の事を聞いていたデュランは、迷わずそう言った。
 だがカーキッドは「部屋は2つだ」と言った。
「オヴェリアはマルコと眠れ。エロ、お前は俺とだ」
「……何故に。お前、刺客が」
「刺客よりお前の方が危険だ」
 そんな会話に、オヴェリアはキョトンとしていたが。
「え? 一部屋でよいですよ?」
「――」
「みんなで一緒に眠りましょう。ね?」
 と言った。
 カーキッドは唖然とし、デュランは歓喜し。
 マルコはすでにもう眠そうな様子だった。

  ◇

 一部屋でよいですと言っておいて。
 オヴェリアは自分の言葉に後悔をした。
 よくよく考えていなかった。一部屋という事は、男3人と一緒に過ごすという事である。
 カーキッドと一緒の部屋には少し慣れてきた自分がいたが。
「き、着替えたいのですが……」
「向こうを向いております」
 デュランは嬉々として言った。
「そんなもん、スパッと着替えろ。誰が見るか」
 カーキッドは平然としている。
「カーキッド、向こう向いてください!!」
「あ?」
「馬鹿者ッ!! 姫様の命に従えッ!! あ、それとも姫様、着替えをお手伝いいたしますか?」
「いえ、それはっ、大丈夫ですから」
「姫様ぁ、僕、眠い……」
「暑い暑い。俺は脱ぐ」
「キャー!! ここで脱がないでくださいッ!!」
 オヴェリアは絶句した。
 今からでも遅くない、部屋を分けてもらおうかと思った。
「風呂は? 下か」
「姫様、混浴に挑戦いたしますか?」
「エロッ!! ぶっ飛ばすぞ」
「……」
 着替えられない。
 どうしたらいいのか、オヴェリアにはわからなかった。

  ◇

 食事は町で摂った。
「飲むな!!」
 カーキッドにひたすら言われたが。
「良いではないか。ね? 姫様、酔っても私が運んで差し上げますから」
「それがダメだッ!!」
「僕もお酒飲んでみたいなぁ」
「ガキが生意気言うなッ!!!!」
「えー」
「ほら、姫様。この南国酒おいしいですよ」
「本当。おいしい」
「飲むなっつってるだろうがッ!!!!!」
 ……数刻後、オヴェリアはすっかり出来上がっていた。
「うふふ」
 なぜか妙に笑い続けて、時折カーキッドの頬をつねったりもした。
「痛いッ!! やめろ、阿呆」
「カーキッドぉ、カーキッドぉ」
「カーキッド、熱燗注文よろしく」
「僕はデザート食べたいな」
「私は眠いのです……」
「だーッ!!!」
 ……そして結局、オヴェリアを抱えて戻る事になった。
「私が運ぶと言っているのに」
「ダメだ」
 断固として。それを許すわけにはいかなかった。

  ◇

 戻るなり寝台にオヴェリアを放り投げ、剣の手入れに入ろうとした。
 デュランがもモソモソとオヴェリアの元へ行こうとするのを蹴り飛ばし、マルコに、捕まえておくように指示も出す。
 そうしてようやく剣に向き合おうとしたが、
「カーキッド」
 名前を呼ばれた。カーキッドは半ばうんざりした様子でオヴェリアを見た。
「あ?」
「寝ないの?」
「剣が先だ。さっさと寝ろ」
「眠れないの」
 嘘つけ、さっき酒場で寝落ちしてただろうが。
 言いかけたが、トロンとした顔で言われて言葉が引っ込む。
 灯りは、ろうそくの小さな赤い炎だけ。
「何かお話して」
 何を言いだすこの女は。カーキッドは唖然とした。寝ぼけているのかもしれない、ここが城で、侍女にでも言っているつもりなのかもしれない。
「私も眠れない。何か話せ」
 すると、脇からデュランが言った。
「僕も眠りたいです」
 マルコまで口をそろえた。
「ふざけんな」
 一蹴しようとした。
「カーキッド」
「カーキッド」
「カーキッドさん」
「……」
 3人に呼ばれ、せがまれ。
「――――」
 最終的に、カーキッドは一つ叫び、
「話たら、寝るんだな」
「うん」
「静かに寝てくれるんだな!?」
「ああ」
「……」
 男は。
 ……一つ、諦め半分の決意をした。

  ◇

 お話……と言われても困る。カーキッドは迷った末に、
「むかしむかしある所に、おじいさんとおばあさんが――」
「待て」
 冒頭、即座にデュランが遮った。
「念のために言っておく。桃が流れてくる話と、竹から赤ん坊が出てくる話はもう聞き飽きた。却下だぞ」
「……」
「え? 何その話?」
 マルコが目を丸くするが、デュランはピシャリと言った。
「他のにしろ」
「……じいさんは、山へ芝刈りに……」
「? 芝刈りって何ですか? カーキッド? 草刈ですか?」
「……」
 面倒な事になったと、改めて思った。
 眠るために話を聞かせろと言う3人の目は爛々に輝いていた。
「――むかしむかしある所に、……一人の庭師がおりました」
 お? とデュランが眉を上げた。
「庭師は……お城の庭を手入れしていました。毎日毎日。雨の日も風の日も。お城には……お城の庭園には、薔薇がいっぱい植わってて、そりゃもうその時期になると見事なもんでした。棘は痛いけど、庭師は薔薇が満開になるのが楽しみでした」
 ハーランドで見た薔薇の庭園がカーキッドの脳裏に浮かんだのである。
「だけど、庭師がどんだけ手入れしてもきりがありません。薔薇の庭園を荒らす奴がいるのです。それは……その国の姫様でした。その国の姫様は侍女や兵士の目を盗んでは窓から脱走を謀るおてんば姫でした。そいつは武芸を鍛えるために薔薇の木を折る乱暴者でもありました」
「わっ、私はそんな事しませんからっ!!」
 オヴェリアが抗議した。カーキッドは無視した。
「せっかく手塩にかけた庭園も、乱暴者の姫様によって台無しにされます。ある時庭師はいよいよ頭にきて、姫様の部屋に抗議のために乗り込みました。薔薇を折るなと叱りつけました」
「……すごい庭師だな」
 デュランが唖然とした。
「私の部屋に庭師が怒鳴り込んできた事はありません」
 オヴェリアも怯えた様子で答える。
「それ、大丈夫なんですか? 庭師が姫様の部屋に行くなんて……」
 マルコが心配そうに言うと、
「そう。庭師は即刻、無礼者という事で捕まりました。姫様の命令で、死刑が言い渡されました」
 あー……と3人はため息を吐いた。
「庭師は困りました。まだまだやりたい事は山のようにあります。こんな所で死んでられません」
 カーキッドは一人満足そうに頷きながら続ける。
「牢屋で死刑の日を待っていると、ある時、突然床の下から妖精が現れました」
「え」
 カーキッドだけが、やはり満足そうに話している。
「妖精は、死刑を待つ庭師に問いました。


『あなたが折ったのはこの、赤い薔薇ですか?
 それともこちらの、白い薔薇ですか?』


 庭師は答えました。


『おらは、折ってないだ』」


「…………」
「…………」
「…………」
「妖精はにこりと微笑み言いました。『あなたは正直者です。正直なあなたには、この金の薔薇をあげましょう』」
「……もらってどうする」
 デュランが的確に突っ込みを入れる。
 だが、カーキッドは無視した。どうやら調子が出てきたようだった。
「死刑の日、庭師は妖精にもらった金の薔薇を胸に挿して死刑台に向かいました。見事な薔薇に、その場にいた観客たちもどよめきます。庭師はその者たちに向かって言い放ちました。『これはおらが育てた薔薇だ!!』」
「その庭師、嘘つきじゃないですか!!」
 マルコまで突っ込んだ。
 カーキッドはすべてを許したように、「いいんだ、それくらいの嘘は」と言った。悟りを開いたお坊様のような顔だった。
「そして、その死刑所には姫様もいました。彼女は今日を楽しみに楽しみにしていました。血に飢えた乱暴者の姫様です」
「私は違いますからっ!!」
 オヴェリアが懸命に反論をした。
「そしてその姫様は、庭師が胸に挿している薔薇を見てそれが欲しくなりました。庭師のくせに生意気だと言って、柵を飛び越え庭師の胸から薔薇を奪い取りました」
「……実にワイルドな姫様だ……」
「庭師は姫様に言いました。その薔薇をやるから、死刑は勘弁してくれと。それに対して姫様はたった一言言いました。


『イヤ』


 ……庭師の死刑が始まります」
「……」
「……」
「……」
「その時、庭師の前にまたしても妖精が現れました。妖精は、縛られた庭師に尋ねました。


『あなたが今流したのは、汗ですか?
 それとも、涙ですか?』


 庭師は答えました。


『鼻水だ』」


「……何がしたいんだ、お前は……」
 デュランが愕然とした様子で聞いた。
「妖精は答えました。『あなたは正直者です。正直者にはご褒美があります』。妖精が腕を振りかざすと、そこには巨大な桃が現れました」



「桃かっ!!」
「桃ですかっ!!」



 デュランとマルコの声がハモった。
「庭師は、そんなものよりも逃がしてくれと懇願しましたが、妖精は平気な顔で消えて行きました。使えません。……ところが、桃を見た姫様が歓喜の声を上げました。『私は桃が大好きなの!!』食いしん坊な姫様は、桃を手刀で真っ二つにすると、一人でさっさと食べ始めました。大人ほどの大きさもある桃が、あっという間にペロリです」
「こんな姫様、嫌だ……」
「食いしん坊な姫様は桃を食べてしまいましたが、直後に腹に手を当て呻き始めました。そりゃそうです。どう考えても食べ過ぎです。最終的にぶっ倒れて意識を失った姫を見て、これがチャンスと思った木こりの男は、『姫様は悪い病気だ!! おらなら治せる!!』と叫びました」
「やっぱり嘘つきじゃないですか!!」
 マルコが叫んだ。
「おい、主人公の職業が変わってるぞ!!」
 デュランも叫んだ。
「うるっせぇ!!」
 カーキッドは一蹴した。
「それで……何だっけか。そうそう。寝込んだ姫様を木こりは献身的に看病しました。でも姫様は目を覚ましません。そのうちに、眠ったままの姫様の噂を聞きつけた隣の国の王子様がやってきました。彼は『キスすれば目が覚めます! 僕が呪いを解きます!』と言い張りましたが、


『間に合ってます』


 門前払いにしました」
「き、気の毒な王子だ……」
「その王子は眠った姫君の噂を聞きつけるたびにどこまででも出向いてキスをせがむ、セクハラ王子だったからです。王様は、『そんな奴にわしの大事な姫、指一つ触れさせん!!』と怒り心頭です。国民すべてが王様の意見に納得し、セクハラ王子の国と戦争が起こりそうな勢いになりました」
 マルコが茫然とする。デュランも完全に言葉を失った。
「そして、木こりの献身的な看護も虚しく姫は目を覚ましません。木こりは一生懸命薬を調合し、祈祷なども行いました。国民全員が姫の無事を祈り、断食も決行されました。でも姫は起きません。木こりは途方に暮れ、フラフラと城の中を歩きました」
 ここで間を置き、カーキッドはすっと大きく息を吸い込んだ。
「歩いた末に木こりは、庭へとたどり着きました。薔薇の庭園です。ですがそこは荒れ果て、見る影もない状態になっていました。手入れされていた庭は無法地帯のようになり、手入れの道具も出しっぱなしです。木こりは驚き、そして気が付きました。彼は思わず叫びました。


『おらは、庭師だ』


 自分が何者であるか、彼は思い出しました。彼は木こりではありません。庭師です」


「やっと気づいたかっ!!!」
 思わずデュランは叫んだ。
 カーキッドはうんうんと頷いた。
「そうです。彼は悪い呪いにかかり、木こりになっていたのです」
「呪いのせいですか!? カーキッドさんの言い間違いではなく!?」
「呪いのせいだ」
 カーキッドはきっぱりと言い放った。
「そして呪いが解け庭師としての己の責任を思い出した彼は、姫の事を侍女に任せて懸命に庭の手入れを始めました。一度乱れた庭園を元に戻すのは並大抵の事ではありません。それでも彼は、雨の日も風の日も、誠心誠意を込めて、昔以上に懸命に庭の手入れを始めました。前以上の庭園にする、薔薇を、姫様に見せる。その一心です」
「……」
「……」
「そしてついに庭園は、美しい姿を取り戻しました。蕾が膨らみ、いよいよ花が咲くという前日、庭師の前に妖精が現れました。妖精は庭師に問いかけました。


『あなたが愛しているのは、薔薇の庭ですか?
 それとも、この国の姫君ですか?』


 その問いに、庭師は一瞬迷った末に答えました。


『おらが愛しているのは、おら自身の才能だ』


 ……庭師が答えると、妖精は悲しそうな顔をしました。妖精がそんな顔をするのを、庭師は初めて見ました。妖精は言いました。


『あなたは嘘をつきました。嘘つきには罰を与えなければなりません』


 妖精は魔法を唱え、そして消えて行きました」
 デュランとマルコは怪訝な様子でカーキッドをじっと見た。カーキッドの顔は少し高揚していた。
「妖精が消えた後、驚くべき事が起きました。なんと姫様の目が覚めたのです。ひょっこり、何事もなかったように起き上がったのです。王は泣いて喜び、国中が歓喜で湧き上がりました。
 ――そして。
 姫様は元の通り、元気を取り戻しました。
 隙を見つけては部屋から逃げ出し、武闘の練習をする暴れ者の姫様です。おかげで、せっかく庭師が精魂込めて整えた庭も姫が無茶苦茶に壊していきます。……折れてしまった薔薇の枝を拾い上げ、庭師はため息を吐きました。今日も薔薇の庭は見るも無残な有様です。しかし庭師は思うのです。姫様が元気な証拠だと。
 愛する姫様が元気ならば、これに勝るものはないと。
 ――庭師は今日もせっせと庭を整えます。



 ……おわり」


「……何だこの話は……」
 デュランはそう言ったが。
 カーキッドは身を乗り出し聞いた。
「なっ、なんかうまくいった気がしねぇかっ!!」
「どこがっ!!?」
「即興で作ったわりに、うまい終わりだったじゃねぇか!! なぁ、マルコ!!??」
「えっ……え、あ、う」
「待て待て待てっ!! 庭師はいつ姫様に惚れた!? まったくわからんぞ」
「あー、そういうのはいいって」
 ヒラヒラと手を振って、制する。
「とにかく。俺は話した。だから寝ろ」
「え」
「話をしたら寝るつっただろうが。寝ろ。いいから寝ろ」
「……今の話でどうやって眠れるというのだ……」
 デュランはジト目でそう言ったが。
「見ろ」
 カーキッドは寝台を指さした。
「あいつは寝た」
「え!?」
 慌てデュランとマルコが見ると。
 スヤスヤとオヴェリアが。幸せそうな笑みさえ浮かべて眠っているではないか。
「なぜ今の話で眠れる!?」
 デュランとマルコは唖然とした。カーキッドは逆にフフンと鼻を鳴らした。
「こいつをなめるな。刺客がいようと眠ってる女だぞ」
 それは自慢できる事なのかわからなかったが。
 デュランとマルコは改めて、この姫のすごさを知った気がした。
「寝ろ」
 カーキッドが催促した。
「……消化不良だ」
 デュランは呟き、
「モヤモヤします」
 マルコも呻くようにして。
 渋々と休む事とした。


  ◇

 ――翌朝。
 カーキッドは快調に目を覚まし、朝の稽古もしっかり行った。
 その傍ら、デュランとマルコは寝不足気味だった。
 そしてオヴェリアは。
「いかがされましたか? 姫様」
 朝から、不機嫌だった。
「どうした? ん?」
 カーキッドが話しかけても、無視した。
 オヴェリアの様子を見て、デュランがさっと微笑みを作った。
「昨晩はお耳を汚すような話を聞かされてしまいましたからな。今夜は私が何かお話をいたしましょう。オヴェリア様がうっとりするような話をいたしますよ」
 ホクホクと言うそばで、マルコも言う。
「僕も……何か考えます。えっと……最強の姫様剣士と、最強の魔法使いの話とか。魔王を倒しに行くんですよ」
「待てマルコ。それなら私が。最強の姫様剣士と無敵の神父の愛と希望の物語だ。世界最強の姫様に付き従う美貌の神父。2人は運命の恋に翻弄されるのだ」
「……」
 オヴェリアの表情は一層暗くなった。
「何だ、昨日変なもん食ったか?」
 カーキッドが言うと、彼を睨んで。
「私は…………弱い姫様の話が聞きたいです……」
「え」
「え」
「え」
 3人、ハモった。オヴェリアは頬を染めてうつむく。
「おしとやかで、優しくて……か弱くて……」
「……」
「……」
「……」
「わ、私は乱暴者じゃない……」
「あー」
 デュランとマルコがカーキッドを睨む。
「庭を荒らしません! 薔薇を折ったりしない」
 さらに睨む。いよいよカーキッドは目をそらして口笛を吹く。
「お前の事じゃないだろうが」
「それに、食いしん坊でもないもの」
「お前の事じゃないって、」
 言ってるだろうが、と言うより早く。
 ポロっと。
 オヴェリアの目から涙がこぼれた。
「オヴェリア様!?」
 マルコが慌てる。デュランがジトっとカーキッドを見た。
「私はっ、庭師に死ねなんて命じないもの……」
 本気で泣き始めるオヴェリアに。
 カーキッドも本気でたじろぎ始めた。
 そして。
「だー!!」
 泣くオヴェリアをそのままかっさらい、ギュッと抱きしめた。
「うるっせぇ!! 泣くな!!」
 デュランとマルコは目を見開く。いや、デュランがマルコの目を隠す。「見てはいかん」
「お前は乱暴者じゃない。違う。お前の事を言ったわけじゃない。な?」
「……」
 グスグスと泣いてるオヴェリアに、カーキッドは心底困って。
「じゃあお前は、見知らぬ男に口づけされて目を覚ましたい口なのか?」
「……」
「誰か知らん男にだぞ、いきなりやってきて、眠ってる間にブチューっとされて。それでいいのか? そんな姫がお望みか?」
「……嫌です」
「そうだろ」
「………」
 よしよしと頭を撫でてやる。カーキッドはゲッソリした。
「お前は強く気高い姫だ。乱暴者じゃない」
「ん……」
「そうです。姫様。あなたは乱暴者じゃない」
「姫様が乱暴者のわけないじゃないですか!」
「ほれ、こいつらもそう言ってる」
「……そ、そうですか……?」
「うんうん」
「当然でございます」
「……まぁ、隠れ最強だけどな」
「黙れカーキッド」
 オヴェリアは照れて笑った。涙をぬぐって言った。
「じゃあ……今度は私が何かお話作ります」
「姫様が?」
「どんな話を?」
「ええと……おしとやかな姫君が、剣の稽古をして試合で優勝するまでの……」
「乱暴者の話じゃねぇか」
 クシャッと。また泣きそうになったオヴェリアを。
 カーキッドは面倒くさそうにまた頭を撫でる。




 ――眠れぬ夜のおとぎ話  <完>
 

しおりを挟む

 

目次