『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第1章 『サンクトゥマリアの子守歌』 −4−
今日は煙草がうまかった。
この味を覚えたのいつだっただろうかと、カーキッドは思った。
だが完全に体が囚われるほど、これにはまり込んでいるわけではない。これは毒だ。肺を痛めれば、剣士としては致命的になる。
だが最近少し本数が増えているなと、自嘲気味に彼は笑った。
自粛せにゃならん。
この先を思えば尚更に。
空を仰ぎ見ると、夜空が少し薄まりつつある。
(もうじき夜明けか)
少し冷える。
でも冬ではない。震えるほどではなかった。
街の出入り口に一人立ち空に向かって吹かすと、煙はすーっと虚空へ消えて行った。
そして外れかな、と呟き街の方を仰ぎ見た時。
さっきまでなかった大通りに、人影を見た。
……商人は朝が早い。だがこちらに向かってくるその姿はそれではない。
歩き方が。
いでたちが。
そしてその――目が。
軽装備だが鎧を身にまとい、腰にぶら下げる一太刀。
それを見、カーキッドは持っていた煙草を捨て火を消した。
「よぉ」
「……」
彼の姿を見止めた彼女は、驚いたように足を止めた。
「……何であなたがここに、」
「お前こそ」
剣を持ち、男のような身なりをしているが、相手はこの国の王女である。
だが臆した様子もなくむしろ皮肉げな笑みさえ浮かべ、カーキッドは彼女を見下ろした。
小せぇなぁと思った。
「行くんかい」
「……」
それには答えず、オヴェリアは静かに視線を外した。
「あなたこそ、その荷物は?」
彼の足元に置かれたそれに目を止め、彼女は少し驚いた様子で聞いた。
「この国を出ようと思ってね」
それにカーキッドは、ケロっとした様子で答えた。
「この国は、退屈だ」
「……」
「平和呆 けして、剣が訛 っちわーね」
「……」
「少し剣を磨く旅に出ようと思ってね。とりあえずの所、剣術修行と腕試しも兼ねて、」
――竜でも倒しに行こうかと思ってな。
口元を歪める男に、オヴェリアは目を見開いた。
「……供はいらない」
「誰がお前の供をすると言った」
「……」
「俺は俺で勝手に竜を倒しに行く。それだけだ」
「……」
「俺は、自分の剣にしか興味がないんでね」
「……そう」
そう言って。
彼女はふっと笑った。
その笑みに一瞬、カーキッドは目を少しだけ見開いたが。
「そうだ」
かつて、まじない師は彼にこう言った。
お前は生涯、剣によって生き、剣によって生かされると。
――そして最後は。
己が戦う本当の意味を知り。
愛する女を守って死ぬのだと。
「夜が明ける」
「……さて、行くか」
どうせ路は一緒だからな、とカーキッドは荷物を肩からかけた。
オヴェリアはもう一度、来た道を振り返った。
街並み、そして遠く見えるハーランドの城。
(父上)
行って参ります。
小さく呟き。
行くべき道へと向き直る。
そんな様子をカーキッドはじっと見ていたが。
「あの歌」
「え?」
「この前歌ってた歌。あれ、歌え」
「……ここで?」
「景気付けに。いいだろう? 減るもんじゃないし」
「……」
戸惑いながらそれでも。オヴェリアはその歌を口ずさんだ。
そしてそれを聞きながら、
「行くぞ」
2人は歩き出した。
サンクトゥマリアの子守歌
歩む子供を守りたまえ。
先は彼方に、困難も、行く手をふさぐ壁もあろう。
されど恐れず突き進め。
サンクトゥマリアの子守歌。
子らを導く、光となれ。
子らを導く、希望となれ――。