『 白薔薇の剣 』

−最後の王女の騎士録−

 

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 第7章 『鴉の躯』 −1− 

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「――殿下、」
 空が、真っ赤だった。
 今日の夕焼けは、特に赤い。
 人々は空を仰ぎこう呟く。まるで燃えているようねと。
「殿下、お体は」
 町の人々はその赤を、吉事と捉えるかそれとも、凶事と捉えるか。
 カラスが3羽、声を散らして空を渡っていく。
 ガーゴ、ガーゴと。
 だがそれを、わざわざ振り返って見る者はいない。
「殿下ッ!!」
「大事無い。騒ぐな」
 だがただ1人、それを振り仰ぐ者がいた。
 ただし彼がいたのは地下。空を飛んでいく黒い鳥など、どう目を凝らしても見えぬはずなのに。
 その者はそれが見えたかのように、天井を見上げ小さく呟いた。「ああ、嬉しそうに、鳴いておるわ」
「……殿下」
 呼ばれた当人は、呼んだ者の心配を他所に、2、3度手を動かし。
「……成功か」
「どれ、失礼。……呼吸が苦しいとか、どこか痛む所は?」
「ない」
「心拍は……ほほぉ。なるほど」
 申し分、ございません。
 そう言って笑う。
 ただし見えるのは口元のみ。
 全身覆われた黒いローブからわずかに見えるその部位。歯は欠け、黄ばんでいた。
「本当に大丈夫なのであろうな!?」
 黒いローブの者は老人のようにしゃがれた声で「ヘェッヘッヘ」と笑った。
「試されまするか?」
「……」
「殿様や? いかがなされる?」
 だがその問いに。殿下と呼ばれる男は緩く腕を振った。「良い」
「眠る」
「……でしょうな、今日はお休みなされませ」
 ヘェッヘッヘとまた笑い、黒いローブの者はそっと手を差し出した。
 そして殿の瞼をゆっくりと撫でて下ろしてやる。
「おやすみなされませ、殿様」





「貴公、」
 殿下≠1人残し、2人は部屋を出る。
 そしてすぐに、男は黒いローブの者に詰め寄った。「我が殿は本当に大丈夫なのであろうな!?」
「この後、7日間、何人もここに近づけるべからず」
「何」
「……殿様はこの7日間、地獄の苦しみを味わう事となるでしょう」
「――ッ!!」
 黒いローブの者のその言葉に。殿下¢、近たる男はその胸倉を掴んだ。
「何たる事、何たる事ッ!!」
「されど、死なぬ。我がおるゆえに」
「……ッッ!!」
「放しなされ。我がおらねば、それこそ。殿様はただの亡者となりましょうぞ?」
 しくじった。側近の男はそう思った。
 これはまるで、
「なぁに、すべてはあの方が望んだがゆえ」
 何ら何ら、病む事なし。
「それにあの方は越えましょうぞ」
「……ッ」
「何せ、」
 ――この国を滅ぼそうとするくらいなのだから。
「お心静かに。時を待たれませ。ヒェッヘッヘ」
 質だ。
(私は殿を)
 質に取られた。
 交換相手は、悪魔だ。




「生まれいずるには痛みが必要。これは生命の起源。腹を割き、血にまみれながら、人は誰しもこの世に生を受けるのでございましょう?」
 これぞ、何たる業か。






  7

 鐘の音が聞こえてきた。
「あ、街が」
 丘を登り切ると眼下に、その街は見えた。
 オヴェリアは大きく息を吸い込み、目を閉じ、空を仰ぎながらそれをスーっと吐き出した。
 ――カーネル卿が治めし領土フォルスト。
 着いた。その思いは喜びと同時に。
 オヴェリアの胸を、苦い物が駆け上がってくる。
 ……立ち止まった彼女の隣に、カーキッドもまた歩を止め。胸元から煙草を1本取り出した。
「きれいな音ね」
「……」
 呟き街を眺めるオヴェリアに。
「ありゃぁ、弔いの鐘だ」
 ガア、ガア、ガア
 その時空を、無遠慮な奇声が横切った。
 オヴェリアはハッと空をもう1度仰いだ。
 すると彼らの頭上を一羽の鴉が、羽を広げて飛んでいく所だった。
 その身は一瞬、2人から太陽を隠すほど大きく。
 それは悠然と、街の方へと去って行った。
「……」
「行くぞ」
「……はい」
 まだ鐘は鳴っている。
 そしてその音はやはり、美しかった。
 高く高く、伸びていく。
 余韻は天まで届くのだろう。
 誰かの悲しみを、抱きながら。





 フォルスト。
 レイザランを出立して3日後、2人はその街へたどり着いた。
 領主はアイザック・レン・カーネル。
 オヴェリアの叔父。彼女の母ローゼン・リルカ・ハーランドの実弟である。
 直近で会ったのはいつだっただろうか……オヴェリアは思いを巡らせた。
(アイザック叔父様……)
 そんな彼女の一歩前を行きながら、カーキッドは呟いた。
「辛気臭ぇ街だ」
 カーネル卿はハーランドの五卿の1つ。貴族の中では名門。王族の血を受け継ぐ一族である。
 その領地だ、大きい。地図に直せば領土は国内でも指折り。街も広く大きく、高い建物が軒を連ねていた。
 通りも砂利ではなく舗装され、レンガ仕立てだ。街路灯も均等に置かれ、町並みも区画ごとにきれいに分けられているのが見て取れる。
 ベンチもあり、噴水の広場まであった。通りには商店も並び、もちろん人も多い。着ている物も上質でサッパリとしている。
 だが。
「……フォルストは国内有数の街です」
「規模はなぁ?」
 でも。
 叔父の手前、カーキッドの言葉に反論しようとしたオヴェリアであったが、彼女も口をつぐんでしまう。
 同じ事を思ったから、である。
 ……街は大きい、見事だ。今まで見た街に比べても、その優美さは明白。人も多い。
 だが、その人≠ェ。
 目だって落胆している者が多いというわけではないが、表情が皆、どこか暗いのである。
 商店は並んでいる。でもその活気は、焔石を手にしたあの街にも及ばない。
 ましてあの時感じた賑やかさや、人々の豊かな表情に比べると。
 皆同じ顔をしていると、オヴェリアは思った。
 ないと言ってもいい。表情が。
 活気が。
「何か感じないか?」
「え?」
「理屈じゃねぇ」
「……」
 胸が重くなるような気配。
 オヴェリアは眉間にしわを寄せた。だが対してカーキッドは、どこか楽しそうでもあった。
「お、宿だ」
 広い通りに荷馬車がゴトゴトと何台か行きかっていた。それを避け、2人は向こう側へと横切った。
 オヴェリアは通りの先を眺め見た。見える限り先まで。
 だが、林立する建物が高すぎて。カーネル卿の居城は見えない。
 それが少し、寂しかった。
「部屋は空いてるか?」
 宿の入り口は金が散らされたような豪華な造りだったが。オヴェリアの心惹くものは何もなかった。





 お酒は飲むなと言われた。
 だからオヴェリアは、ローズティーを頼んだ。
「これから、どうするのですか?」
 口に含むと薔薇の香りが広がり、とても美味しかった。
 でも彼女の顔は不機嫌であった。それは、人には飲むなと言ったのにカーキッド自身は地酒を飲んでいるからという事もある。
「あー」
 一杯クイっと人飲みし、カーキッドは息を吐いた。「どうすっかなぁー」
「何であの宿ではいけないの?」
 あの宿≠セけじゃない。この宿≠熈その宿≠焉B
 ……計5軒。目に付いた宿、受付まで行ってことごとく、カーキッドは「他を当る」と言い宿泊を決めなかったのである。
「どの宿も部屋は用意できると言われたのに」
「高すぎるんだよ、どこもここも」
 カーキッドは眉間にしわを寄せ、仏頂面で足を組み替えた。その足元には旅の荷物がごっそりと転がしてある。
「最初の宿。あんな額誰が払えるってんだ。一晩一部屋で5000リグだぞ?」
 茶色い皮袋の大荷物が散乱するその区画、食堂のウェイターたちは少し迷惑そうな顔をしているものの慣れたものである。起用にクルクルと軽い足取りで避けていく。
 その見事なステップに、オヴェリアは思わず彼女たちはダンサーなのかしら? と思ったほどだった。「次の所も、その次も。表通りから離れた場所でも一晩3000リグだぞ? 法外すぎる」
 今まで泊まってきた宿、一番高かった所でも一晩300リグであった。それでも充分高いと思ったほどあったのに。
 貨幣価値のよくわからないオヴェリアは、ただ小首を傾げるばかりだった。
 旅に出る前、カーキッドは一応武大臣から幾らかのまとまったお金をもらっている。普通に旅をしていれば、しばらく困る事はないような額だ。ゴルディアまで行って帰るくらいの金額は充分持っていた。
 だがそれも無限ではない。どこでどうなるかわからない以上(現実、現時点で道草を食っている以上は)、倹約に越したことはない。流浪生活でカーキッドの肌には嫌と言うほどそれが身についていた。
 それに、とカーキッドは思う。
「それでなくても、あんな宿には泊まれねぇ」
「?」
「客、いたか?」
「……でも、どの宿も『本日は込み合っておりますが、どうにかお部屋をご用意できなくもございません』と」
「そういう見え透いた事を言う所が、な」
 と、カーキッドはテーブルに並んでいた皿にスプーンを立てた。
「俺の見た所、客なんかいねぇ。額のせいでもあろうが、どうにも胡散臭ぇ」
 ビーフシチューだ。無造作に口の中に肉を放り込んでから、カーキッドは目を見開く。瞬く間に肉は溶けてしまった。
「何だこりゃ、クソうまい」
「そうですか?」
 オヴェリアも口にしたが、こちらは平然としていた。とろけるような肉など、彼女は食べ慣れていた。普通の事だった。
 彼女はそれよりも、一緒に出されたパンの方が興味惹かれた。
 厚切りのパンにレタスとシュリンプ、チーズとトマト、オニオンスライス、そして厚切りハムなど、これでもかと詰め込まれたそれを前に、彼女はまずどう口にしたものかと目を丸くした。
 ナイフとフォークがあるわけでもない。カーキッドはガバリと口を広げてかぶりついた。ソースはオーロラソースか、端から垂れて皿に落ちる。
「うめぇ」
 その様がとてもとても美味しそうで。落ちたソースを指ですくって舐める姿も心惹かれて。
 とりあえず両手でパンを持ってみて。眺めて眺めて。オヴェリアはどこからどうかぶりつくべきか、どう口に運ぶべきか、何度も何度も切り口を眺めてはシュミレーションを繰り返した。
 そのうちにポトリと落ちたシュリンプを、カーキッドが勝手に拾って食べてしまう。
「あ!! それは私の!」
「拾ったもん勝ちだ」
 頭にきたので、お返しにオヴェリアは、カーキッドのビーフシチューから肉をフォークで奪い取った。
「あ!! そ、それは待て、待て、それは!! ……ああぁっぁぁぁぁああああ!!!!!」
 ――カーキッド・J・ソウル。
 暗殺者に襲われようと、蟲の大群に直面しようと、異形化した巨大な獣人と対峙しようとも笑っている男が。
 とろける牛肉を奪われ、今、涙している。
「……とにかく。今晩の宿です」
「……」
「どうしましょうか? カーキッド?」
 オヴェリアの言葉にカーキッドは何も答えなかった。放心状態になっていた。
 その姿があまりにもかわいそうになり。オヴェリアは自分の器に残っていたシチューの肉をすべて彼に渡した。
 するとカーキッドは心底嬉しそうにそれを食べ、「うめぇうめぇ」と繰り返した。
 良かったと、オヴェリアは思った。
 微笑みながら改め、オヴェリアは巨大なパンをしげしげと眺める。
 最終的に彼女は、挟んである物を上から1枚ずつ食べて行くという方法を取る事となり、カーキッドに「ガバーっとかぶりつきゃいいんだ!」と散々言われる事にもなる。




「結局今日の宿はどうするの?」
 お腹はいっぱいになった。だが満たされない物がある。
 宿である。
「あんな高ぇ宿には泊まれねぇ」
 では野宿か……そう思い、オヴェリアは少し落胆した。
 一瞬、叔父の城へ行って泊めてもらおうかとも思ったが、食堂を出た頃にはすっかり空は暮れていた。今から行って果たして城門を通してもらえるか。
(それに)
 何となく、今日は行きたくなかった。
 まだ内情がわからない。宰相ドーマというキーワードしかわからない現時点では、城へ行くのは少し危険に思えた。
 それはカーキッドも同じで、少し街で情報を集めたいと思っていた。
 だがその前に、宿は決めておきたいと思う。せめて、だ。
 通りにポツポツと明かりがこぼれ始める。夜の闇とその光に、オヴェリアは誰かに背中を急かされているような気分になった。
 オヴェリアは自然、寝泊りできそうな場所を探してキョロキョロした。噴水前ならば水には困らないだろうか? と小首を傾げた。
 しかし、何だか奇妙なほどに、
(人が減った)
 先ほどまでは往来に人影は絶えずあったのに。今見渡してもどこにも誰も――。
 そんな様子を見て、カーキッドは短く言った。「野宿はしねぇ」
「?」
「もう1つだけ宛があるだろうが」
「え」
「寝泊りする場所がない哀れな子羊に、一晩くらい暖かい毛布と安らかな場所を提供してくそうな所だ」
「――、!」
 思い至ったその場所に、オヴェリアは目を丸くした。「まさか」
「行くぞ」
 ニヤリと笑って進むカーキッド。
 ……そして2人がたどり着いたのは。




「わかりました。何のもてなしもできませんが、それで良ければ」
 ――教会。
 突然の旅人の来訪に、だが司祭はにこやかに微笑みそう言った。
「悪いな」
 感謝どころかふてぶてしいようなカーキッドの言い様に、オヴェリアは慌てて深々と頭を下げた。
「助かります」
「いいえ。困った時はお互い様」
 ましてやここは教会。救いを求める者を拒む事はいたしません。
 そう言ってニコリと微笑む司祭の顔に、オヴェリアは心底安堵した。
「風呂はあるかい?」
「汗を流すくらいの事なら」
「充分だ。よかったなオヴェリア」
 司祭の笑顔に対し、意地悪そうに笑うカーキッドに。オヴェリアは少し顔を赤らめて頬を膨らませた。
「しかし……一体この街はどうなってんだい?」
 教会の裏口から、司祭に案内されて長い廊下を歩く。
 窓の外の空は真っ赤に燃え、その逆光か、雲は黒く身を丸めるように浮かんでいる。
 その様はまるで恐れているようだった。来るべき闇を。
「宿は法外だし、人の顔も浮かない」
 鴉が何羽か行き過ぎる。3、4、5……まだ続く。
「宿値は真に。旅人の方にはご迷惑をおかけします」
「あんたのせいじゃぁないが、」
「……憂慮はしておる所。他の売価は見られたか?」
「あん? ああ……食堂も気持ち高いか? 宿ほどじゃなかったが」
 飛び行く鴉。オヴェリアはそれを眺め、瞬きを打つ。一瞬その一匹と目が合ったような気がした。
「お2人はどこからお見えで?」
「ああ、俺たちはレイザランから来た。北へ行く途中だ」
「レイザランですか……良い街だ」
 歩く途中でふと、オヴェリアは1つの扉に目を留めた。
 部屋の戸口に赤い布が垂れ下がっている部屋だった。何だろうか? と首を傾げていると、それに気づいたカーキッドが、
「告解部屋じゃねぇか?」
「?」
 告解?
 問い直そうとしたが、カーキッドは改めて司祭に言葉を向けた。
「宿があんな状態じゃ、教会に押しかける旅人も多いだろう?」
 俺たちにみたいに。そう言って笑うカーキッドに。
「いいえ、それほどでもありません」
「へぇ」
「最近は、旅の人も少ない様子で」
「……そういや街中で、それっぽい奴を見なかったな」
「2時間ほど行けば小さな町もある。旅の方はそちらに逗留される様子」
「そうかい、それじゃここも困るだろうに」
 それから階段を2つほど上がり、「この部屋でよろしいか?」と司祭は2人に部屋を見せた。
 客間である。寝台が2つと窓が1つ。あとは簡易なテーブルが備え付けてある。決して広い部屋ではなかったが、「充分だ」とカーキッドは笑った。
「1つしかご用意できませんが、」
「いい。上等だ。本当に助かる」
 オヴェリアは何やら言いたそうにモゴモゴと口を動かしたが、やはり、野宿と比べたら感謝しなければならない状況である事は間違いない。「助かります」ともう一度繰り返し、丁寧に頭を下げた。
 司祭は少し申し訳なさそうに笑い、「湯の支度をしましょう」。
「ああ、それから1つ申し上げておく事が」
「何だ?」
「お2人は……何か、街で聞かれたか?」
「??」
「いや、いい……。夜分は教会内すべての扉に錠をいたしますので。外へは決して出られませんように」
 これは絶対でございます。
「どうかご理解を」
「わかった」
「では、湯の支度をいたしましょう」
 そう言い残し、司祭は去って行った。
 オヴェリアはとりあえず荷物を降ろし、一息吐いた。
「良かったですね、泊めていただけて」
「……」
「何か礼をせねばなりません」
「……」
 オヴェリアは寝台の1つにチョンと腰掛、荷物を紐解く。だがカーキッドは戸口に突っ立ったまま何か考え事をしている様子だった。
「カーキッド?」
「……んあ? ああ……」
「何か?」
「……いやぁ……やっぱりどうにも、おかしいな」
「司祭様ですか?」
「何か隠してる」
 司祭が、と言うよりは。
「この街はおかしい」
「……」
 法外な宿値、浮かない人の顔、旅人も少なく。
「加えて、夜は外に出るなってか?」
「……それは、だって、夜中に外に出てどうするというのですか?」
「そりゃ、夜の街に繰り出すんだろうが」
「?」
 夜の街に何があるというのですか?
 純粋無垢なお姫様はそう言い、興味津々の瞳でカーキッドを見つめた。
「夜の街っつったら、」
「??」
「……いい。何でもねぇ」
「何ですか? え?」
「……お子ちゃまには聞かせられねぇ」
 まして王女さまに。
「???」
「あー、もういいだろう? それよか風呂行ってこい風呂!!」
 オヴェリアは首を傾げた。
「あ……そう言えばカーキッド、」
「あんだよ」
「さっき言ってた……告解部屋って、何?」
 カーキッドは荷物を降ろし、「どっこらせ」と言いながら寝台に胡坐を掻いた。
「そのまんま、告解する部屋」
「?」
 ボリボリと頭を掻き、目じりにしわを寄せて欠伸をする。
「大きな教会とかにある。懺悔室だ」
「懺悔室?」
「ああ。……何ちゅーかな、自分の罪を告白する所とでもいうのか? 神に懺悔したい事を神父に聞いてもらい、赦しを請う所さ」
「……へぇ」
 欠伸を連発するカーキッドは、心底眠そうだった。
「教会にはそのような場所があるのですか……」
「知らなかったか。まぁ、お姫様が告解するほどの罪を犯す事もないわな」
 カーキッドはゴロリとそこに横になった。
 その様を見て、オヴェリアは聞いた。
「カーキッドはないのですか?」
「何が?」
「神に懺悔したいような事が」
 するとカーキッドは目を閉じて唇の端だけ持ち上げて見せた。「ないね」
「……あったとしても、神には赦しは請わんよ」
「じゃあ、誰に?」
「ははは」
 それには答えず、カーキッドはただ少しだけ息を吐いた。
 オヴェリアは虚空を眺めた。
「懺悔……」
 窓の外の空は、随分暗くなっていた。

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