『 白薔薇の剣 』
−最終王女、騎士録−
第12章 『賢者の森』 −4−
目の端に炎が沸き立つのを見ながら。
オヴェリアは剣を振るった。
相手は黒装束の者達。
何度も見てきた、彼らの独特な太刀さばき。それは剣を振るうというよりは突くと言った方が的確。
短刀ゆえにその連撃も早い。
長い分白薔薇の剣は、一刀一刀に出来る時間がこの者達を前には大きすぎる。
(もっと早く)
もっと短く。
もっと流れるように。
風のごとき彼女の剣を持ってしても、二刀、三刀、四刀と続いていく短剣に追いつくのは必死。
言わばそれは、舞い。
乱舞。
(得物が違うから)
生まれる差。
その分この短刀は長剣に比べて殺傷能力は明らかに劣る。だが打つ手の数がそれを充分に補っていく。
――そして、得物が違うのはデュランも同じ。
追い立てられるデュランの気配を感じ、オヴェリアは焦りの色をあらわにした。
デュランが持つ得物、弓も術も、どちらとも距離と時間が必要な物だ。
いけない、と思った。このままここにいてはいけない。
デュランは必死に、オヴェリアの傍で彼女を守ろうとしている。だがそれは、彼の力を殺ぐ何よりの要因となっている。
前衛の剣、後衛の弓。
(デュラン様)
彼女は一度暗殺者達から距離を置き、デュランを振り返った。敵と相対している最中、視線をそらす事はあまりにも危険である。だが。
目が合った。デュランは驚愕の顔をした。オヴェリアは一つ頷いた。
そして。
彼女は走り出した。
「オヴェリア様!!?」
私と一緒にいてはいけない、デュラン様。
「お待ちください、オヴェリア様!!」
制止の声は聞かない。追いかけてくるのは、黒い影だけでいい。
(デュラン様の足枷になってはいけない)
戦い方が違う。彼はカーキッドではない。
(カーキッド)
振り向くと、少し距離を開けて刺客達は追いかけてきた。
オヴェリアは剣を構える。足はこの旅で鍛えられた。体も然り。
強くなった根幹が。
彼女の剣を、一層、早くする。
向き合うのは1人。ここにカーキッドはいない。
たった1人での戦い。
それに少しオヴェリアは震えたけれども。
(怯えてはいられない)
立ち向かわなければならない。
カーキッドの所へ帰らなければ、草を届けなければ、彼の呪いを解かなければ。
(信じて待ってくれている)
裏切るわけには、いかない。
喉から覇気を搾り出す。それは渾身の叫び。
白薔薇の剣、刀身がさざめく。
薔薇の刻印は光りて、持ち主を見つめる。
加護はあるか? 聖母の力宿した剣。
――絶対的な振り速度。
黒い刺客たちは、一刀を突き出す間もなく短剣を吹き飛ばされた。
だが数は多数。一陣目の剣を殺いだとて、次に控える刃がある。
踊りかかってくる、4つの黒。
それはさながら、鴉のよう。
そしてそこに一瞬、彼女はあの魔道師の姿を見た。
ただの妄想だ。だが。剣に力がこもる。
短刀が突き出される――オヴェリアの剣が横から薙ぐ、腕が一本吹き飛ぶ。その間に横から連続の短刀が彼女の腹を淡く削ぐ。顔目掛けて出された剣を寸前でかわし、正面から突き出されたそれは剣の腹で受け流す。背中から一刀入る。避けられたのは偶然。だがそれが絶対。腰から斜めに剣を振り上げる、一人胴体を斜めに一閃する。血飛沫を避ける。黒装束の1人の視界がそれで奪われる。たたら踏んだそこを、暗殺者がかわし損ねて仲間に一刀入れる。その背中をオヴェリアは斬る。肉の感触が嫌だ。でも振るわねばならぬ。できた空間から、一群から飛び出す。振り返りざま、追いかけてきた2人の喉元を掻っ攫う。
「……ハァ、ハァ、」
息が乱れてきた。でも手は休められぬ。
腰を深く落とし。落とし。もう一度正眼から構え。
襲い掛かる黒装束の胸に剣を突きたてる。体を蹴飛ばす。ごめんなさいと言いながら。
白薔薇が、赤く染まる。
もう一度剣に力を込める。真っ向睨む。眉間が痛い。それ以上に体のどこかわからない所が。
痛む、痛む、これは心か? 魂か?
でも、振るう剣は止めぬ。
一人で戦わねばならない。
倒れるわけにはいかないから。今日、ここで、こんな所で。
死ぬわけには、いかないから。
「――ッ」
デュランは走った。
向かうは、姫が走っていたのとは直角を成す方向。
彼が本気で走れば、その速度はすぐに、他を圧倒する。
(姫様は、私のために)
オヴェリアが走り去った理由、デュランにはすぐにわかった。
だからこそ、彼は自分が少し悔しかった。
「サ・イ」
抜ける木立の木の一つに、拳を叩きつける。
走る、走る、振り返りもせず。
だが追いかける黒い気配は確かにある。
弧を描き、カーブしながら、向かう幹に向き直り。
「ロ・ザ」
叩き付けたその拳、血が跳ねるが構ってられない。
(もう1本)
足が少し弛んできた。歯を食いしばり、草を掻き分け枝を打ち払い。
地面に座する。
最終、ここが。
「ディザイア・サンクトゥス」
言葉放ち、二枚の護符を同時に地面に突きつければ。
そこから彼が今走った道がそのまま、亀裂走り2つに避けていく。
地表が揺るぐ、割れる、その現象に、当然暗殺者とて一瞬たじろぐ。
そこを、構えた弓にて。
「――ッッ!!!」
放つ。
続けざまに3発。
(狙いが甘い)
体制も悪い。だがそれを言い訳にはできない。
集中は、自分で成すもの。
3つの矢が捉えたのは、3人の胴、足、顔面。
(4人逃がした)
射抜かれ尚も動く者に向け、デュランは術を解き放った。
「ゼム・ラハイム!!」
その間にも走る。背中から矢を取り出して。
真正面から襲い掛かってきた刺客目掛けて。
「ディア・サンクトゥス!!」
至近距離。
しかもその矢からは炎が噴き出す。それが、胸を突き抜けた。
(姫様)
外周から。
木立の向こうにチラリと、人影を見た。それはオヴェリア。
走りながら、しかも木々が邪魔する中を。
デュランは弓を構えた。
そして1点。それは一瞬。
木々がなくなった空白の空間にて。
デュランは矢を放った。
「ディア・サンクトゥス!!」
矢に乗せた速度と炎が、空気を引き裂き、飛翔する。
気配。
耳の端に。言うなればそれは風。
そして炎。
感じながらもオヴェリアはそこに剣を構え経ち続け。
ギリギリにて。横っ飛びにその場から走った。
暗殺者たちは慌ててその背を追いかけようとするが、遅い。
木立の向こうから現れた矢が、内1人に突き立ったかと思うと。
それを寄り代とするかのように炎が膨れ上がり。
弾けた――爆発するように。
爆風にオヴェリアは咄嗟顔を庇ったが、そこに暗殺者共は剣を突き立ててくる。
だが刃はオヴェリアを刺す前に弾き飛ばされる。1本の矢によって。
「デュラン様」
暗殺者を上から斜めに斬り、倒れたのを見たと同時に彼女も走った。
木立の向こう、黒い影が彼女の目に。
「我はオヴェリア・リザ・ハーランド!! 首が欲しくば掛かって来い!!!」
追いかけられているのはデュラン。
(こんな人数に追われながら)
自分を助けてくれた、走りながら矢を放つなど。
やはり唯人にあらず――オヴェリアの挑発に、暗殺者たちは振り返り切っ先の向きを変える。
左右には太い幹。剣の振り幅は皆無。
だが。
正面から襲ってきた1人を、木を盾にして避けると。
腰を落とした所から、白薔薇の剣を左手に渡す。右手で腰元のルビーの剣を引き抜く。
突き立てる。
切り口は浅い。だが動きを止めるには充分。
そこに、薔薇の剣でもって貫き入れる。
返り血などに鎌ってはいられない。次がまだいる。
だが。
「落第です」
敵に背中を向けるなど。
残る3人は、背中からの矢によって喉を貫かれた。
「デュラン様、」
「……これで全員」
のようです。
言い終わるのが早いか、デュランは苦笑し、ペタリと地面に座り込んだ。
◇
「レトゥ様ッ、レトゥ様ッ!!」
「う……」
「意識が戻られましたか。急所は外れてる。幸いでしたな」
――その後。
川辺まで戻った2人は、レトゥの元へ急ぎ向かった。
短刀により腹を突かれていたが、一命は取り留めた。
デュランが応急処置をし、とりあえず2人は息を吐いた。
「デュラン様、お助けいただきありがとうございました」
「いやいや。それは当方。危なかったですな」
頭を下げたオヴェリアに、デュランは苦い顔をして見せた。「お綺麗な顔が台無しだ」
デュランは濡らした布を彼女に差し出した。オヴェリアは礼を言い、それで顔を拭った。
「それにしても……中々厄介な連中でしたな。何とか切り抜けられてよかった」
デュランがそう言ったが。
オヴェリアの顔は、曇っていた。
「また多くの者を殺 めてしまった」
「……」
「それに……あの人がいませんでした」
「あの人?」
訝しげに問い直すデュランに。オヴェリアは少し躊躇 い勝ちに言う。
「フォスルトで会った……暗殺者」
――オヴェリアをしても、その動き速く。
追い立てられるように切っ先を交え、打たれ、斬られ。
最後、ギリギリにまで追い詰められた、暗殺者。
その気配は皆無。殺気どころか剣気すら漂わせなかったあの者が。
いなかった。いればすぐに、わかる。
「オヴェリア様を追い詰めた、奴ですか」
「ええ」
「……うむ……」
腕を組み、しばしデュランは考え込んだが。「……いかん」
「早急に引き返しましょう」
「え?」
「嫌な予感がする」
いや正確には、嫌な予感がずっと消えない。
「まさかカーキッドが狙われると」
「わかりません。だが、今もしあちらが狙われたら、カーキッドは子供達といる」
「――ッ!!」
「レトゥ様は私が担ぎます。急ぎましょう!!」
吹き出た汗が喉を伝い、立ち上がった拍子に地面に落ち砕けた。
――そしてその頃カーキッドは。
「ヘヘヘ」
笑っていた。
剣を抜き放ち。
目の前に迫る、異形に大群に向かい。