『 白薔薇の剣 』
−最終王女、騎士録−
第22章 『君求む、最上の愛』
――運命が歩を刻む。
求められるのは、絶対の鎖。
……なかんずく息づく、すべての面影は、
「我の身は、いとわぬ」
男は迫り来る影を真っ向睨んだ。
その目はくぼみ、この僅か数日のうちに頬は青白くこけていた。
だが光はある。常人の眼差し。まだ、狂人にはなりきれない。
だからこそ痛む、苦しむ。良心と胸に宿った最後の想いに。
「我は身を捧げる。だがこの方の命だけはどうかお助け願いたい」
枢機卿ドルターナ・ウィグル。男は必死にそう言った。
眼下にしたその顔に、影は一抹黒い感情を浮かべた。
胸クソが悪い、と。
短刀を引き抜く。その喉首を掻っ切ってやりたい衝動に駆られた。
いっそ、むしろこのまま楽に。
今一歩の距離。踏み出そうとしたその足を止めたのは気配と。
声。
「止 めよ」
「……」
その声は絶対。そして無二。
「良いお心がけだ、ドルターナ卿」
「盃 殿……」
盃と呼ばれた男はニンマリと笑った。唇の薄い男だった。
「永久 の忠誠、あなたの心は誠だ」
「……」
「ならば、やるべきは1つ。すでにわかっておられましょう?」
何が必要で、そのためには何をしなければならないか。
もう、賽 は投げられている。
「すべてはあなたの、愛のために」
――愛? 影はその言葉に一瞬フードの下の眉間にしわを寄せた。
この世にそんな物、ありはしない。あるとすれば必ずそこには、思惑がある。
無償の愛などあるものか。
……壇上を仰ぐ。巨大な寝台。そこに眠る1人の女。
わかっている事は1つ。目の前に傅くこの男は、この女のために犠牲にするのだろう。
――世界を。
それは値する等価か? そこに男は見出す事ができるのか?
己の命をも天秤に乗せられるほどの対価を。
「……お前は奴らを追え」
影は白けた瞳で主を見た。
「御意」
声を発したのは久しぶりだった。ああ自分はまだ声が出たのかと思った。
主と、跪 く男に背を向ける。その後の顛末に興味はない。
道の行く先に、巨大なステンドグラスがあった。日の光が斜めに差し込み、七色の光を落としていた。
見上げればそこに、女神の姿を見た。聖母サンクトゥマリア。
「……」
影は再び視線を落とし、もう、光など見なかった。
愛など知らない。
関係ない。
世界など知らぬ。壊れてしまえ。
凍った心に、光は届かぬ。闇とて同様。
灰燼に帰す、あまねくすべての残響。
すべて斬って、壊してしまえ。
腕が、心が、それだけを叫んでる。
その胸に痛みが宿ろうとも、その意味などわからぬ。
愚か者への送別の言葉。
君はいつまでも求める、最上の愛を。
来るべき最期の瞬間まで、悪あがきして生きよ。
――いつか、後悔するその日まで。
<第2部 完>