『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第28章 『天笑来時』 −2−
「ぁぁぁぁあぁっぁぁぁ!!!!!」
転ぶように駆けていく兵士たちの叫び声も、すぐに馬鳴りにとってかわる。
「カーキッドッ!!」
馬と黒い戦士。剣を収めぬ、そのまま真向駆けこんでくる。橋に煙が立つほどに。
先頭の馬と目が合った。カーキッドは剣をすでに抜いている。
黒い戦士はカーキッドの姿を見止め、その勢いのまま剣を横から振りかざす。
―――ッッッッ!!!
受けた。だがカーキッドでさえもさすがにまともに立ってはいられない。
「エリトモラディーヌ!!!」
カーキッドの態勢が崩れた、その瞬間デュランが炎を解き放つ。
それに馬が高らかに鳴いて、一瞬馬脚が乱れるが。
すぐに整う。
そして続けざまに黒い戦士たちは次から次へと押し寄せる。
一騎、カーキッドの首を目がけてきた剣を潜り抜け、彼は馬の足を狙った。
ドウと崩れ、戦士は放り出されそうになったが、
「構うなッ!!! 進めッ!!!」
先陣の男がガバリと腕を振った。
目的は街への侵入か、それを悟ったデュランが続けざまに術を放つ。
しかし馬は炎の中を突き切って、門の向こうを目指す。
まずい、カーキッドとデュランは同時にそう思い。
思った瞬間、押し寄せていた馬が2人の頭上を飛び越えた。
「クッ」
デュランは慌てて弓も解き放つが、逸れて壁に突き当たる。
「ギャァァァアアアァァl!!!!」
つんざく悲鳴に慌てて門の中へ入ると、門兵の1人が斬られていてる所だった。
もう1人は壁に打ち付けられ、明らかにすでに事切れている。その傍らに最後の1人が、ガタガタ震えて座り込んでいた。
「カーキッド、これはッ」
「まずいぞ」
悲鳴が沸き起こる。カーキッドは苛立たしげに舌を打った。
「追う」
言い置き、男は走り出した。
デュランもその背中に続こうとして。だがその前に膝をついた。
「伝達、頼む」
1人残った門兵は、焦点の定まらぬ目でガタガタ震えていた。だが構っていられなかった。
「馬は我らが何とか食い止める」
そう言い、デュランも走り出した。
かつてここにきた時見たエンドリアの街並みを、カーキッドは記憶の中で懸命に探った。だがあまりはっきりと思い出す事はできない。
(どこに向かってる?)
カーキッドの走る先、街が蹴散らされている。
物が弾け、人が飛び、叫び声と鳴き声が溢れ。血が流れている。
一体あれは何だ? 混乱の中、うまく頭が回っていかない。
(エンドリアの記憶)
初めてここに来た時の記憶。印象に残っているのは港。とても大きな港だった。こんな大きな港、初めて見たと思った。
やけに賑やかで、誰もかれもが大笑いしているのが不思議でならなかった。
中央に広場があって。
「城」
そうだ、城があったぞとカーキッドは思い出す。
だがどこに? その時立ち寄ってはいない。ざっと探して見ても、それらしき姿は見えない。
(どこから見た?)
わからない。
どこへ向かう? あいつらは一体何だ?
「――ッ!!!!」
強烈な叫び声がして、カーキッドは道の先に視線を走らせた。
建物の間に道が開けて行く。黒の戦士たちの前に、エンドリアの兵士が数人立ち塞がっていた。
「貴様ら、何者だッ!!」
兵士の中の1人が声を荒げて叫んだが。
終わるか否か、馬が走り出した。
黒い戦士は剣を振り上げる。兵士は受けるために剣を構える。
だが無理だ。一目でわかる。
馬上よりの一閃は、通常の一閃とはわけが違う。スピードも角度も倍以上に増す。そして狙われるのは低い場所ではなく、頭。首。
縦位置が違う。馬上の角度からその位置を守るには、容易な力では不可能。
兵士の1人の首が飛び、2人目の目から上が吹っ飛んだその瞬間。
カーキッドも、飛んでいた。
「ァァッァァアッァアアッッ!!!!」
横一線。最後尾つけていた馬の兵士の腰を薙ぐ。
戦士は血飛沫を上げ、その場に馬から転げ落ちた。
全身黒。黒いマントのその下に、完全鎧の感触はなかった。
それを確認し、切っ先をそのまま、隣につけていた馬の首元へと運ぶ。
たまらず暴れだした馬から距離を取り、崩れた体制のまま、主を失った馬の尻を蹴飛ばす。
「ッ!!」
二頭の馬が暴れ出す。異変を感じた騎士たちが振り返る。振り返った1人のその顎先へ、剣をグサリと差し入れる。
「貴様ッ」
叫ぶ暇など与えるか。
馬も乗り手も諸共に、剣のリーチをすべて使って一気に斬り上げ、走る。
馬から転げ落ちた黒い戦士の1人が、カーキッド目がけて斬りかかってきたが。
戦士が最期に見たのは、笑み。
「ヘヘヘ」
笑ってる、黒髪の男。
視界一閃。叫ぶ前に斬り落とされる。
「ディア・サンクトゥス!!」
その背後より、炎が飛び来る。カーキッドは転げるように炎から逃れ、その足で剣を反転させる。
「俺を殺す気かッ、バカ神父がッ!!」
怒りの矛先は、黒衣の戦士に。
ゴロゴロと馬から転がる、そこに留めを打つ。
……この間、ものの数分。
一瞬にして、その場にいた馬上の戦士、総崩れ。
「ここは私が引き受ける、先へ急げッ!!」
事態を見て取った黒頭巾の一人が他の戦士に指示を出す。
即座残る兵士が一斉に動き出し、追いかけようとしたカーキッドの前に、号令を下した一兵が立ち塞がった。
「……貴様、エンドリア兵ではないな」
低い低い声音。カーキッドの乱れた黒髪を見、黒頭巾は呟いた。
「退 け」
カーキッドは剣を構えた。そして内心、ヒヤリと思った。
戦士は構わず、馬を走らせる。カーキッド目がけて突っ込んでくる。
衝突の金属音は、天を斜めに滑っていくような音であった。
だがそこに、鈍い音が混じった。
「ヘヘ」
馬上の一閃にカーキッドは吹っ飛んだ。襲い来る次の一閃のために構えなおした時、もう、彼の剣は半分の姿になっていた。
やはり折れたか、とカーキッドは思った。予感があった。
次の一撃は、この剣では受けきれない。
――戦士が走り来る。
カーキッドは折れた剣を構えた。そして心の中でデュランに、絶対に手を出すなよと呟いた。
いいか、これは俺の戦いだ。絶対の絶対に。
――首めがけてやってくる、その剣を。
折れた剣で受ける、流す、それでも反動は避けらえない。
カーキッドは地面に倒れ込む、そこを戦士は上から一突きにしょうと馬を反転させる。
だが突き出したその瞬間、カーキッドは剣の切っ先を立て。
黒頭巾の剣が頬を掠めた。だが戦士の剣と入れ違うように、まっすぐに、カーキッドは折れた剣の刃を斜めに空へと走らせた。
「ッッ!!!」
馬の戦士の腕が飛ぶ。体制を崩した戦士はそのまま馬から放り出されるが。
彼が地面に着くか着かぬか、その瞬間。
斬と。
カーキッドは横一線、残った刃を胴体に滑らせた。
「数が足りぬ」
すぐにデュランは叫んだ。
「門で会った時より減っている。どこかで分かれているぞ」
「どっちへ行った!?」
折れてしまった剣の血のりを拭き取り、鞘に戻す。
「あ、あなた方は一体……」
顛末を見ていたエンドリア兵たちが、震えるような声で問うた。
「奴らの狙いは何だ?」
兵士の問いを無視し、カーキッドはデュランに尋ねる。無論デュランにもそれはわからない。
だが、
「エンドリアの領主は確か……ロンバルト卿」
ゴクリと唾を飲み込む。
「こやつら、エンドリアに踏み込むとは……」
――彼方より人が走りくる。危険を知らせる声である。
「どういう事だ」
と尋ねたカーキッドに、
「エンドリアの領主、ロンバルト卿は、文大臣殿の弟だぞ!? そしてコーリウス殿は現大臣たちの中でも重鎮。一番古い。王の側近中の側近」
その血族が治めるこの地に踏み込む事、その意味。
「……何とした事か」
ともかくロンバルト卿に大至急の伝達をッ!! デュランがそう叫ぶのと、
「海がッ!!! 海が燃えてるッ!!!!」
駆け来た兵士がそう叫ぶのは、同時の事であった。
◇
海が燃えている。
駆け来たカーキッドとデュランは一瞬その光景に立ち尽くした。
青いはずの海が、灼熱を立てて揺れている。
「おいおい」
カーキッドは思わず笑ったが。その瞬間視界の端に光が破裂した。
船である。停泊中の1隻が音を立てて爆発したのだ。
爆風に人が吹っ飛ぶ。カーキッドとデュランも目をかばい、慌てて建物の脇へと逃げ込んだ。
「あー、クソ」
いつしかカーキッドの頬からは血が流れていた。
「笑えてくる」
「悪趣味な男だ」
本当に笑い出したカーキッドを、デュランは嫌そうな顔で見た。
「だってよ、何だかわけがわからねぇ」
抜いても剣は、半身しかない。
それでもカーキッドは平然と、その剣を構える。
「あんな海よぉ……笑っちまう。ここはどこだよ?」
――かつて見た事がある、こんな光景。
海が燃え、人が燃え、剣と剣、怒号、粉塵、炎、赤と黒、灰色の煙、ただただ混乱ど動乱と死。
悶えるように、もがきながら。
全身を汚す、血。この張り付くような感覚。
――戦場で。
デュランも、カーキッドの姿を見ながら改めて思った事があった。
異国で鬼神と呼ばれた男。
「気が狂うぜ、ったくよ」
笑うのか、今ここで。
この現状を見てこの男は。
……騎馬兵をあれほど容易く翻弄した。慣れているとしか思えぬ、その戦い方。
(鬼神)
その通り名の意味を改めて見せつけられる。この男の凄まじさ。
また爆音がした。また船が爆破したのか?
「油だ」
と暴風の中でカーキッドが言った。デュランは問い返す事もできない。
「油が海に漏れて、火が点いてる」
海上を躍る炎は、まるで生きているようだった。
また悲鳴が起こった。今度は爆破によるものではなかった。頃合いと見て、カーキッドが駆け出した。
見れば、船着き場に馬と黒頭巾の戦士たちがたむろしている。
足まで覆うローブ、そして目出し帽のような頭巾。
(身元を隠している)
姿は、まるでこれまで我々を狙ってきた刺客のようだ。一色の黒塗り。
だが違うと、デュランは判断した。
カーキッドは半身の剣を振り上げ、斬り掛かる。
手ごたえ。
相手が馬の上ならば分も悪い。だが落としてしまえば引けなど取らぬ。
こんな戦いには慣れている。
戦場で剣が折れた事も何度かあった。カーキッドはその中を潜り抜けてきた。
折れたならば、次を探すまでの事。
――斬った、崩れていく戦士から剣を引っ手繰る、そのままその剣で、持ち主の喉笛を斬り、次の敵を狙う。
折れた剣は、馬からぶら下がる乗り手の足に突き立てる。
人が暴れれば馬も暴れる。制御を失う。
暴れ馬に蹴飛ばされるのだけは御免だ。間合いを取る。
その場所に、何かが飛んできた。氷の礫 だと気づく前に、カーキッドは場所を移動する。
走る、走る、だがそれ目がけ、幾重の氷が刃になって襲いかかり、
最後には炎が天から降り落ちてきた。
「ディア・サンクトゥス!!」
その炎を別の炎が盾となりかばう。
「魔術師がいるぞ!!」
叫んで、デュランは詠唱を始める。
「面白ぇ」
目をギラつかせたカーキッドとは別に。
ドォォという音が後手から来た。新手の敵かとカーキッドは振り返ったが。
走り来た兵士の姿、その甲冑は黒ではない。エンドリアの兵士だ。
だが馬上の戦士たちはそれに戸惑う様子もなく、一瞬顔を見合わせると兵士たちに向かって斬りかかった。
だがそれもすべてではない。3騎離れた、その向かう先に別の黒い姿がある。魔導士だ。
合流して逃げるつもりだと見て、カーキッドはそちらに向かって駆け出した。
「待てカーキッドッ!!」
デュランの叫びと同時に、向こうから炎の玉が繰り出された。
カーキッドはそれを寸前で避ける。そのまま地を蹴り、魔術師の1人目がけて一閃した。
――狂うまで戦い続ける。
その言葉が脳裏に響いたが。
諸共、全部、切っ先に乗せる。
魔術師をかばうように、黒い戦士が馬から飛び降りその剣を受けた。
重なった金属音に、一瞬双方耳をやられる。
だが動きは止めぬ。
カーキッドが戦士に向かう間に、他の戦士が魔術師を拾い、走って行く。
去り際に魔術師が放った氷の礫に、カーキッドが足を取られた瞬間。
戦士は馬に飛び乗り、走った。
「待て」
追いすがろうとするカーキッドだったが。
届かぬ。早い。
「……チ」
残りの戦士も、魔術師たちが退いたのを見て馬を反転させた。エンドリアの兵士たちを振り切り、街の中へと消えて行く。
「追撃をッ!! 急げッ!!」
エンドリア兵が指示を出している。デュランはそれを一瞥し、カーキッドに寄った。
「怪我はないか」
「……」
心ここにあらずの様子だった。デュランはパチリとカーキッドの目の前で指を鳴らした。
「カーキッド」
「あ、ああ……」
そうしていると、兵士が駆け寄ってきた。
「助かりました。あなた方は?」
兵士の後ろには、先ほどの生き残った門兵がいた。
「旅の者です。奴らは一体何者か? 心当たりは?」
「いえ」
兵士は首を横に振る。その顔にはありありとした困惑が浮かんでいた。
「気づいた時にはもう、船が」
言って、後に兵士はもう一度2人を向き直った。
「私は兵士団長ゴートンと申します」
「私はデュラン・フランシス。この者はカーキッド・J・ソウル」
カーキッドの名に、ゴートンは一瞬驚きの色を浮かべた。
「カーキッド・J・ソウル……?」
一瞬2人は警戒の色を出したが、
「まさか……薔薇前試合の……」
オヴェリアが勝利を収めたあの試合。彼女と決勝を戦った男。
だが本人は面倒そうに手を振り、「どうでもいい」
「とにかく奴らを追わねぇと」
「使いを出しました、城から騎士団も来るはず」
兵士団の上に立つ、エンドリア騎士団。
デュランは一瞬考え、「住民の避難は?」と問うた。
「まだ……」
「いや、ならば先決。住民をどこか安全な場所へ」
「わかりました。郊外へ移動を。全員集合!!」
兵士長ゴートンの合図に、兵士が集まる。
――その時、また、鐘が鳴った。
「この鐘、さっきも鳴ったが……」
ゴートンたちは困惑する。
デュランはそれを遮り、「鐘はどこに!?」と聞いた。
「これは奴らの合図になっている可能性がある。鐘はどこから鳴っている!?」
「そ、それは」
とゴートンは明後日を指し示した。
それを見るや、カーキッドは駆け出した。
「避難をッ!!」
デュランもゴートンに向かって吠え、カーキッドを追いかける。