『 白薔薇の剣 』

−最後の王女の騎士録−

 

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 第31章  花 −2− 

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「やはり姫が……ッ」
 火急の要件、現れたデュランはすぐに2人の元に通された。
「姫のご様子は」
「救出した者の話によれば、魔術をかけられている様子」
 眠りの魔術だ。
 マルコは魔術のかかりが悪かったと言っていた、それは耐性であろうとデュランは踏んだ。
 マルコは枢機卿にやぐら見の術≠何度も掛けられている。強い術を受けた者はその分、術に耐性ができると4聞いた事があった。
「敵将の名も判明いたしました」
 言うべきか、悩んだが。
 デュランが言うより先に、ブルーム・ロンバルトが口を開いた。
「ズファイ・オーランド・バジリスタ」
「――」
「先ほど文が届いた」
 デュランが形相を変える。
「馬に兵士の死骸を乗せて、そこに書が括り付けられてあった」
「何とむごい……」
「書状の主はズファイ・バジリスタ。要求はエンドリアの明け渡し」
「叶えられぬ場合は姫の命はない、と?」
「姫だけではない。姫と共にエンドリアを滅ぼすとされていた」
「舐められたものだ」
 ブルームが笑う。
「このエンドリアが末弟ごときに翻弄されるとは。笑止」
「我が責任でございます、殿下」
 ジラルドもまた首を横に振る。
「問題はこれがズファイ独断によるものか、バジリスタ国の意志かでございます」
「デュラン、お前はどう見る?」
 尋ねられ、デュランは迷った。
「どちらにしても同じ事。ズファイであろうが国であろうが、ここからハーランドに攻め入るつもりであろう」
「この街を狼煙とするつもりか」
「まさか、ここが狙われるとはな」
 ブルームは皮肉に言ったが、彼の表情は命を狙われた時分より強かった。
「我が騎士団を手なずけたのも奴らであろう。ボウ草の主な産地は撰国だ。バジリスタは撰国とつながりが深い」
 デュランは頷いた。
「エンドリアを渡すわけにはいかぬ。だが姫の命は最優先だ。何としてでもお救いする」
 ――バジリスタの侵攻。
 デュランは額に手を当てて考え込んだ。
 バジリスタと教会を結ぶ、ギル・ティモの存在。
 アイザック・レン・カーネルもギル・ティモにそそのかされ、バジリスタに落ちたのか?
(ギル・ティモ……)
 教会は、今回の一件を承知しているのか?
 教会はどの国にも属さぬ。肩も持たぬ。中立を保ち続けてきた。
 だがここでバジリスタと手を結ぶのか?
(枢機卿)
 そしてその上にいる教皇。
(失念していた)
 もしも教会が何らかの形で今回の事を認めているのならば、それは、教会に属する自分にも責任がある気がした。
 否……枢機卿に逆らった自分はもう、異端とされているであろう。教会の籍など当に剥奪されているかもしれない。
 だが、とデュランは思った。
(師匠)
 手を握る。脳裏に蘇る師の生き様と、最期の姿。
 師とその娘の仇を取る事が己の使命と思ってきたデュランであったが、ここに改める。
 どのような形であろうとも、まだ自分は生きている。ならば、なさねばならぬ事がある。
(師の意志を継ぐ)
 どうしてもっと早くに思わなかったのかと、デュランは苦笑を浮かべた。
 師が生きていたら、こんな事許しはしない。西の賢者、ラッセル・ファーネリア。彼は誰よりも平和を望み正義を重んじていた。
 だから聖魔術を生み出した。
 その術を受け継いだ自分だからこそやらねばならぬ事。……デュランはようやく気づく。
「……」
 そう思わせたのは、オヴェリアかもしれないと、彼は思った。
 彼女は、父と母の意志を継いで旅に出て、そしてそこに自分の戦う意味をも見出した。
(もっと早くに私もそうせねばなりませんでしたな)
 今からでは遅いか? ――否。
 まだやり直せる。まだ取り返せる。生きているのだから。
 呼吸を失うその瞬間まで、もがける事があるはず。意志は持ち続けられるはず。
 腐るな。
「……必ずお救いします」
 今度こそは。マルコの分も。
 デュランのその言葉に、ブルームとジラルドも呼応した。
「ああ、必ず。私が前線にて指揮を取ろう」
「ロンバルト公、」
「全軍に指示を。ジラルド、準備を」
「承知」
 ……エンドリア領主、ブルーム・ロンバルトと側近ジラルド。
 先の紛争で名を馳せた2人が、戦場へ向かう。
 デュランは決意を新たにした。
(ここで食い止めなければいけない)
 戦火も、恐るべき意志も。
 ここで止めなければ、事態はハーランド全土を揺るがす事となる。
 それだけは何としても避けなければならない。
 城を出て、一足先に前線に戻る。瓦礫の中を踏み分けながら、デュランは空を仰いだ。
 20年前の紛争、……否、それ以上の物となる引き金だけは、
「阻止せねば」

  ◇

 鼻先に冷たい物が落ちた。
 雨だという発想に、最初誰も結びつかなかった。空は雲こそあったが、太陽が出ていた。
 気違い天気だ、とカーキッドは呟いた。
「ズファイの姿はないか」
 前線にデュランが戻り、間もなくエンドリアの筆頭たる2人は現れた。
「ゼムを横手に周らせた」
 周囲を固める。
 完全に包囲して、斬り込む。地の利はこちら側にあるように思われる。
 だが杞憂がある。
「兵力は五分五分だ」
 黒騎士に寝返ったとされる、エンドリア騎士団。
 その数は、全騎士団の半数以上。残りの騎士団と兵団の数を合わせて、対峙する数は恐らく互角。
 そして今目の間前に行方不明のエンドリア騎士団の姿はない。
 ズファイの姿も見えぬ。そこにも黒騎士は必ず行動を共にしている。
 見えない数が、どこから押し寄せるのか。どういう策略で現れるのか。
 旗印は、王女オヴェリア。
「ズファイ王子はどうされますか」
 ジラルドが慎重にブルームに尋ねた。デュランも振り返った。
「可能ならば捕える」
 不可能ならば?
 ……ブルーム・ロンバルトも結論を避ける。
 この問題が待っている。
 ズファイ・オーランド・バジリスタ。その男が指揮を取っているのならば、ここで討ってもその後が控えている。バジリスタにハーランドに攻め込む口実を作る事となるのだ。
「斥候でしょうや?」
 バジリスタ王が仕向けた、第一矢か?
 対処を謝れば、たちまち、凄まじき炎となって襲い掛かってくるであろう。
「だが奴は、バジリスタでも有数の猛者。捕えるのは容易ではない」
「私が出ます」
「……いや、ジラルド殿、ここは私とカーキッドが」
 デュランの申し出にジラルドは首を横に振った。
「そなたらの役目は1つだ。何を置いても先にオヴェリア様を救う事」
「……」
「全軍の行方、勝敗の行方、そして国の行く末がかかっていると言い換えてもよい。あの方を解き放て。さもなくばすべてが終焉に向かう」
 オヴェリアを人質にされている以上は、どれほどであってもエンドリアは動けぬ。
 そしてオヴェリアが殺されれば、国が亡びるのは同義。
「ハーランド王たっての願い――ここにいるすべての者の願いだ」
 領主、騎士、兵士、そしてデュランとカーキッド。すべてが息を殺して一点を見ている。
 ハーランド第2の街、美しき海辺の街と謳われたエンドリアが、建物が焼け見る影なく建物が崩れている。
 そして異端の黒い騎士たちが剣を持ち、炎が煌々と燃え。
 その中心に打ち立てられた、十字の柱と、括り付けられた王女。
 赤が映された白い衣が揺れている。
 その様を見、デュランたちから一歩離れた所に立っていたカーキッドは、無意識にポツリと呟いた。
「……花みてぇだ」
 デュランは思わずカーキッドを見た。
「赤の中に一輪だけ咲いてやがる、」
 高貴で、美しき、
 汚れなき。
 ――花。
「……包囲完了」
「合図と共に斬り込む」
「周囲、敵の増援に注意」
「必ず潜んでいるぞ」
「……用意」
 ブルーム・ロンバルト、手を天にかざす。
「弓隊、放て」
 ――側方に控えし弓隊が一斉に矢を放ったその時。
 ゴォォという地鳴りが響いた。
 まさかと振り返った瞬間。
「敵襲――!!!!」
 最初の敵は、天から降った。




「頭上――!!!」
 誰が放った言葉だったか。
 上空、建物より馬が飛び来た。
 黒い戦士が乗っている。顔は隠していない。
「散れッ!!」
 ブルームの号令に、その場にいた兵士たちがさっと散る。
 だが兵士の真ん中に降りた馬は、そのまま前列の兵士を蹴散らした。
 天井の馬に気を取られたその最中、後方よりの新手が斬りこんでくる。
 剣を持って襲い掛かってくる、彼らは確かにエンドリアの鎧兜を身にまとっていた。
「敵襲ッ!!」
 ゼムが叫び、剣を抜く。
「目印に注意!!」
 敵にエンドリアの騎士が紛れている以上、どちらが敵でどちらが味方かわからぬ。ブルーム・ロンバルト配下には全員、鎧に白い布を結びつけるように命じていた。
 それでもそんなものは始めだけになる。戦局が混乱すれば、必ず敵味方が入り乱れ滅茶苦茶に入り乱れる事となる。
「カーキッド、オヴェリア様だッ」
 そうなった時、恐らくエンドリアの被害は甚大な物となる。そうなる前に、そうせぬために、まず先決はオヴェリアの救出。
 何としても、まず第一に。
「応ッ」
 カーキッドが解き放たれたように走り出す。デュランがその背を追いかける。
「エリトモラディーヌ!!」
 前に立ちふさがる黒騎士に目がけ放つ。
 中央まで一気に駆ける。敵方の魔術師が放った炎が辺りを染める。
「挟まれていたか」
 側方に周っていたゼム率いる騎士隊も、襲撃に遭っている。
 この街ですべてを片づける、そのブルームの意志を敵方は受けて立った。
 全部この街で。
 エンドリアが崩壊するまで。
 混乱を、動乱を、ここから膨れ上げて。
 ハーランド全土に向かって、解き放つ。
 この街から始める。
 完全なる、戦いの火蓋。
「愚かなり」
 言い放つ。その中でデュランは術を放った。
 カーキッドにはもう、周りは見えない。見ているのも向かっているのもただ1つ。
「オヴェリア」
 救う。
 その前に立ちふさがる者がいるならば。
「邪魔すんな――」
 斬る。
 黒い剣はもう抜かれている。
 腕と同義。肩から切っ先まで抜ける、一本の感覚。
 地表ギリギリを一閃させてから、その動力で、目の前の黒い戦士の胴体に入り込む。
 獣のように叫んだ。
 かつて鬼だと言われた男。
 その形相、その剣。
「オヴェリアッ!!」
 待ってろ、待ってろ。
 もう一度呼ぶ。デュランがカーキッドの名を呼んだが、すでに聞こえてはいなかった。
(もう二度と)
 目の前で。
(あんなもん、御免だ)
「オヴェリア―――――ッ!!!!!」
 馬鹿な現実。
 愚かな抗争。
 夢のように残酷な戦乱。
 そして始まりの宴。
 カーキッドとデュランは走り抜ける。
 そしてその名を呼び続けた。

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