『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第36章 戦士の墓場 −6−
他に行く場所はなかった。
――エッセルト。
3人で戻ろうと言っていた場所へ。
ザークレストはここにいる気がした。
そしてチサも。……いる気がした。
◇
かつて彼は、まじない師に告げられた。
愛する女を守って死ぬのだと。
愛などクソ食らえと思った。己のためだけに強くなろうと決意した。
チサに対する思いが何だったのかはわからなかった。
これが愛なのか、友情なのか。
だが彼は、チサとザークレスト、3人でいる空間をいつしか好んでいた。
ずっと3人で。
早くこの戦争を終わらせたいと。
――エッセルトに立つ。城門は開け放たれている。敵はすでに無数になだれ込んでいた。
彼の姿を見つけた敵兵がその所在を問うた。どこの国に属する者かと。
返事の代わりに彼は剣を抜いた。
そして、斬った。
襲い掛かってくる者は全部。
そこにあったのは無だった。
カーキッドは虚無だった。
怒りと悲しみが、心を真っ白にした。
何も考えられない。
チサとザークレストの笑顔だけが浮かぶ。
過ごした日々は戦場だったけれども。辛い場面ばかりだったのに。
友と。
――泣きながら。
斬っても、斬っても、襲い掛かってくる無数。
剣は切れ味を失わない。
誰かが叫んでも聞こえない。
空が明るいのか暗いのかももう、目に入らない。
流れるように斬り。
炎のように跳ね。
体は動いた。
動かなくなるまで斬ろうと。
彼は思った。
たった1人で戦場に立ち。
剣を振るい。
敵を斬り続けるその様。
盲目的に振るわれるその剣。敵兵、誰一人向かっても敵わない。
無数で同時に襲い掛かっても、それでも倒せない。
何だあれはと、誰かが言った。
黒い剣を操る、黒髪の剣士。
「鬼か」
本当の鬼は、情念なく人を殺す。
まさにそれ。
血と砂と、黒の世界。
黒い鬼は、1人で戦い続けた。
そして気が付いた時。
襲い掛かってくる者はいなくなっていた。
誰もいない。
しかし周りには、無数の死体が転がっていた。
動かぬ。
風に誘われた砂以外は何も。
「……」
ザークレストはどうしたか。
息絶えたかもしれないと……ポツリ、カーキッドは思った。
――狂わなければ強くなれない。
強くなってどうするのか。
生き残った……でも。
「……」
戦う事に何も迷いはなかったのに。なかったはずなのに。
もう一度、死の町となったエッセルトを振り返った。敵も仲間も誰も彼も。
――剣によって生き、剣によって生かせされる。
「……ハハ」
戦う事がすべてか。
疲れた……。
◇
史実、エッセルトはその戦いで滅んだ。
だがその戦いで、1人の傭兵が名を馳せた。
崩壊する国の中で、レセルハイムと西側のデイセンダーの兵士と、最後までたった1人で戦い続けた戦士。
剣を振るうその姿を見た、生き残った兵士は周りにこう漏らした。
エッセルトには鬼神がいたと。
……鬼神、カーキッド・J・ソウル。
エッセルト崩壊後、彼の足取りは消える。