『 白薔薇の剣 』

−最後の王女の騎士録−

 

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 第39章  讃美歌

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「殿下」
 男の姿を見止め、盃はピッと背を正した。
「お待ちしておりました」
 それにニヤリと笑って答えてやる。
「待たせた」
 ――バジリスタ。
 中央に位置する王都。その城。
 回廊は広く。
 主の帰りに、空気が一層張り詰める。
「首尾は」
「場内は制圧しました。王は捕らえてあります」
 盃を追い越し、主は歩いていく。盃はその後ろに続く。
 そして2人の後ろを追従する彼の兵団。
 その靴音は凛として一定で。
 まるで鼓動のように打ち付けている。
 この城に――否、直に。
 この国を、その音が。
「よし、殺せ」
 一人の男が、新たな生命を誕生させんとするかのように。
「後は、兄2人か」
「ディザイ様には二一フタカズを先行して行かせてあります。ゴーグル殿は直に視察からお戻りでしょう」
「迎え討つ。ここで一気に絶つぞ」
 ――父王を滅ぼして。
 兄2人も滅ぼせば。
「殿下」
「やるぞ」
 バジリスタが。
 彼に従う物となる。
 ズファイ・オーランド・バジリスタ。末弟と言われた王子が。
 この国を、導こうとしている。
「ディザイ様は教会に逃げ込む恐れがございますが」
「枢機卿殿がどうとでもするだろう」
 そして、彼がこの国の頂点に立たば。
 1つの道が決まっていく。
「これは始まりの儀式だ」
 神よ、祝福せよ。
 神よ、我が前に屈せよ。
「兄を滅ぼさば、そのまま矛先は」
 今こそ、畜念の願いを叶えるため。
「腰抜けの父王が、平和協定の名のもとに放り出しし、我が国最大の願望」
 聖母が守りしその土地を。
 この国が長年、渇望してきたその土地を。
 手に入れる。
「ハーランドに攻め入る」
 その場にいた者が、主の言葉に色めき立つ。
 沸き起こる歓声は、さながら讃美歌のように。
 普段は笑わぬ側近の頬も、微かに緩む。
「ハーランドの客人は、見事仕事を成してくれた様子」
 玉座の間までやってきた。
「陛下」
 盃がそう言ったが、ズファイは鼻を鳴らした。巨大で優美な細工の椅子が、ただ王の存在を待ち続けている。しかしそこに腰を落とさない。
「だがあの国には奴がいるぞ」
 ――エンドリア攻防戦、領主ブルーム・ロンバルトこそ打ち砕いたが。兵を撤退するに至った。
 その所以ゆえん
「ハーランド王が残した最後の希望」
 最後の王女。
 否――最後の、白薔薇の騎士。
「オヴェリア・リザ・ハーランド」
 盃は眉間にしわを寄せた。
 だがズファイは面白そうに笑った。彼が笑うと空気が震える。
 まるで息吹のようにして。
「騎士となり、王ともなるか?」
 ここから、こだまする。
「楽しみだ」








 ――白き衣を翻し、
 お前はまた、戦場で舞うだろう。
 次の戦は、その国の運命をかけた戦い。
 お前に背負いきれるか? 
 その剣で、この国すべての者たちの行く末を。
 命を。

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