『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第49章 「私たちが行く道は、」 −1−
――強く願っていた頃は、すべてを懸けてもいいと思っていた。
すべてが真っ白なほどに、それにしか見えなかった。
夢中だったと今では思う。一途なまでに。
想いを形にするために何ができるか。思い浮かぶのはただ、懸命に走る事。
ひたすら前を向いて、ひたすら打ち込む事。
貪欲なまでに純朴で。
愚直ともいうべき境目にある道。
でもそこに、一欠片でも不幸はあったか?
――父と母が捧げたこの国のために。2人がその身を捧げた1本の剣を手にするために。
未来永劫、それは遥か彼方まで。
ただ、走り続けたいと思っていた。
強く強く。
あの頃世界は真っ白で、同時に、鮮やかすぎるほどの光の中にあった。
49
少し前を走っていたデュランの馬が、徐々に速度を落としていく。
それに習うようにマルコも手綱を緩める。
やがて2つの馬が横に連なると、
「今日はこの辺りにしましょう」
デュランが背中越しにオヴェリアと、もう片方の馬に乗る二人に向かって叫んだ。
逆走する風にオヴェリアはしばし目を伏せ頷いた。
デュランが片手をさっとかざすと、かざした方向に馬は進路を変える。マルコもそれにならって手綱を引いた。
川がある。視覚よりも先に、匂いと湿り気のある空気がオヴェリアの頬を撫ぜた。
もう空は闇が沈んでいる。紫の筋雲が空に最後の直線を描いていた。
あれは太陽の残り香だ。本当に闇が覆ってしまえば、色に味はなくなる。
――空が落ちる前に飛ぼうと決めた、そんなフレーズをどこで聞いたのか。
最近夜の空を眺めている事が多いようにオヴェリアは思えた。そう思うと無性に、昼の真っ青な空が恋しくなった。
「姫様、お気をつけて」
デュランに助けられ馬を降りる。抱きとめられると温もりが伝わる。
「ありがとう」
顔を上げると間近にデュランの鼻先があって。思わずオヴェリアはドキリとした。
それを知ってか知らずか、デュランはふんわり微笑む。その瞳はいつもと変わらず優しい。
夕闇の中にも光りを帯びた目が、じっとオヴェリアを見下ろして。
そっと髪を撫ぜられた。オヴェリアは不思議にデュランを見つめ返す。
「似合っておいでです」
髪を切ったのは父の葬儀の時。オヴェリアの心と共に、永遠に父の傍にあり続ける。
「ありがとう……」
やがて彼はもう一度微笑むと、オヴェリアから離れた。
「野営の準備をするぞ。カーキッド、こんな所で寝てる場合か」
「うっせぇ」
馬から降りるのに失敗したカーキッドに、笑いながら言うデュランの声はいつものもの。
でもなぜだかオヴェリアは、その背中に言いようのないものを感じた。
この世界は今、光と闇の中間にある。
……野営の準備のためにデュランとカーキッドがその場を離れると。
「……あの2人は凄いです……」
水を汲みに行こうとしていたオヴェリアに、マルコが言った。
「すぐに気づかれました」
「え?」
「馬に乗ってる時、ちょっと手が震えたんです。手綱を持つ手がちょっとぶれて……あ、でも別に落ちそうになったとか馬が変な動きをしたってわけじゃなかったんですよ? でもすぐにカーキッドさんに大丈夫かって言われて、デュラン様も僕を振り返って、ここまでにしようって」
オヴェリアはデュランの後ろにいたが、彼が振り返った事にまったく気が付かなかった。
「あの人たちはやっぱり凄い」
マルコの目には光が浮かんでいる。その目にははっきりと、2人への敬意が溢れていた。
マルコにとってのカーキッドとデュラン。2人の男の背中を、少年はどんなふうに見ているのだろうか?
先を行く、圧倒的な背中。
「そうね、」
そして……オヴェリアの背中を。
「くしゅん」
――この背は、誰かの誇りになれる物になっているか?
「寒い?」
「……いえ、平気です」
鼻をぬぐうマルコを見て、ふとオヴェリアは、さっきデュランに抱きとめられた時のぬくもりを思い出した。
「マルコ、おいで」
「え?」
「おいで」
ニコニコと笑いながら、固まっているマルコをぎゅっと抱き寄せた。
「ちょ!? 姫様!?」
「ふふっ、あったかい」
「は、離しっ……」
闇で見えないが赤面してジタバタするマルコを、オヴェリアは面白そうに笑いながら抱き締める。
「ほら、ぎゅーって」
「うわっ」
「あったかいね」
そう言ってオヴェリアはマルコの頭を撫ぜた。
ごめんね、内心でそう呟いて。
「あったかい? マルコ?」
「……は、はい……」
「いい子いい子」
……数分後、戻ったカーキッドとデュランは、じゃれ合う2人を見て絶句した。
特にデュランは「私もぎゅっとしてください」と言いながら唇まで寄せようとしたものだから。
カーキッドに斬られそうになったのは、言うまでもない。
◇
岩の間の窪みになった部分に火を起こし、鍋を囲む。椀を用意するオヴェリアも随分と慣れたものである。
夕食用に、カーキッドが袋から干し肉を取り出す。ハーランドの陣中から分けてもらってきた物だ。
保存用の肉は少しきつめに塩が効いている。ぶつ切りにして出汁の代わりに湯に放り込む。
「何をするんだ、せっかくの肉が」
デュランの批難を他所に、別の鍋に荒めに切った野菜を炒め、ゆで汁から肉だけ取り出し一緒に炒める。
塩コショウで味を調え、しんなりしたらソースと肉の茹で汁を絡ませる。
残った汁でパスタを茹でる。
「何だこれは」
普通のパスタとは違う、ソース風味。
彩 が欲しいなら、パプリカを切って乗せようか。
「焼きそば。……そばじゃないが」
「??」
「まぁ、とにかくいってくれ」
取り分けてやるその傍らで、カーキッドは汁物を作る。こちらは卵を溶いて落としてひと煮立ち。三つ葉がないのでキノコを放り込んでおく。
「これは……」
湯気が焚火の煙よりも優しく、旅人たちの頬を染めて行く。
「ううむ……」
デュランは黙り込んだ。マルコは「美味しい」と呟き、そしてオヴェリアは。
「どうだ?」
「……」
「……そりゃ良かった」
向けられた笑顔だけで、カーキッドも満足の笑みを浮かべた。
「これは……何が入ってる」
「見りゃわかるだろ」
「隠し味だ」
「……いいだろ、何だって」
カーキッドは内心舌を打った。まさかワサビに気づくとは。たまたまハーランドの陣営で見つけてこっそり持ってきたのだが、下ごしらえに肉に塗って10分程度放置する事で、肉が柔らかくなるのだ。
「これ、本当に干し肉ですか? すっごい美味しいです」
「どうも」
大陸の向こうで鬼神と呼ばれたコックは、丁寧に会釈をして見せた。デュランは明らかに悔しそうだった。
「カーキッドが作る料理は、本当に美味しい……」
「色味がちょっと悪いですがね。あと雑だ。おい、このキャベツは何だ、お前手で適当にむしっただろ」
「うるせぇ、さっさと食え」
かき玉汁を一気飲みする横顔には、照れが見え隠れしていた。
「冷えてきたな」
これも陣営から持ってきた酒を手酌で飲みながら、カーキッドは息を漏らした。
「これからガリオスに近づくほどに、寒さはもっと増すだろう」
「そんなにか」
「あそこは寒気の流れ道だ。ガリオス山がある事で麓は完全に窪みになる。万年雪でも知られる土地だ」
ハーランドと同様に考えていてはいけない……デュランはそう言い、彼もまた熱燗をひと呑みした。
「ガリオスに行く前に、装備を見直す必要があるだろう」
今オヴェリアは鎧の上に質のいい茶の外套を羽織っている。背中には金の薔薇の刺繍が、主張しすぎない程度にちりばめられている。
他の面々もまとっているのは城で用意された物だ、身なりは悪くはない。
オヴェリアはグレンにもらったマフラーにそっと手を当てた。外套を体に巻くようにしても、冷気が漏れこんでくる。
「先は急ぐが……ガリオスの手前に町があったはず。ハーランドの国境沿いだ。大きい町ではなかったが、総主教庁に行く前に寄るべきだろう」
そこが、最後の町になる。
「教会の総本山か」
ポツリと呟き、カーキッドは鍋の残りをさらって椀に落とした。
そしてひと時、沈黙が落ちる。次に口を開いたのはマルコだった。
「……何でだったんだろう……」
「ん?」
「あ……いえ……」
何気なく出てしまった呟きだったのかもしれない。3人の視線が集まり、逆にマルコは焦ったように目を泳がせた。
「えと……ずっと、僕、考えてたんですけど……」
頬を掻き、椀に顔を埋めるようにして言う。
「何で父さんたちは竜を蘇らせようとしたのかなって」
パチパチと炎が弾けて音を立てる。
「父さんは昔、僕のじいちゃんと旅をして、偶然竜に会ったって言ってました……その時の竜の姿が忘れられなくて、もう一度会いたかったって……。竜は世間では怖いものだって言われてるけど、本当は違うんだって。もっと崇高で大人しい……人に計り知れるようなもんじゃないって……父さんはそう言ってて」
「……」
「僕は……父さんと母さんがいつもそう言ってたから。だから竜は、本当は凄いんだって思ってました……よく絵本とかで人を襲ったりとか怖い姿で描かれてるじゃないですか? でもこんなの嘘なんだって」
「……」
「そう思ってたけど……」
マルコの瞳に影が落ちる。少年は実際に目の当たりにしているのだ、竜という存在を。
圧倒的で、絶対的で。
……記憶を封じたくなるほどの、目にしたのは竜という名前の、現実。
突きつけられたのは単純なほどの死だ。
竜に立ち向かう事、立ち挑む事、そこにあるのは美しい英雄譚ではない。
もがくほどに、足がすくみ。
思考の欠片も吹き飛ばされる。
どうしてこんなものに挑んでいけるのかと、オヴェリア達の姿に思った。
……マルコにとって、竜は。
「父さんの竜は、やっぱり……」
両親は表向きは蟲を作った罪で罰せられた。だが蟲が竜にすり替わった所で、何も変わらないような気もした。
……悪い魔導士が竜を禍々しい形で蘇らせた、そう思いマルコは、両親の想いを汚されたような気がしていたけれども。
本当は、間違っていたのは自分なんじゃないか……そう思いマルコは一層目を伏せた。
「竜か」
デュランが息を吐いた。
「すべてがそれに繋がる、か」
元々の発端は、ゴルディアに現れたという竜。すべてはそこから始まった。
白薔薇の剣はオヴェリアを選び、そして彼女は旅に出た。
そして旅の果てにたどり着いたゴルディアの竜は、魔導士ギル・ティモによって作り出された物だった。
幾多の生命を捻じ曲げて。
そしてその背後にあったのは教会の存在。
――この所業は禁忌が成せる技。
教会は、竜の研究をするマルコの両親を連れ去り、そしてマルコをも連れ去ろうとした。
「ゴルディア、教会、ギル・ティモ……」
しかもグレンの話によれば20年前の紛争の際、バジリスタは竜を兵器として用いた疑いがある。
それによってオヴェリアの母、ローゼン・リルカ・ハーランドは傷を負い。
今またしても、白薔薇の剣を持つ者が竜と向かい合う事となった。
これは一体何なのか。
「竜……」
「姫様……グレン殿の話を聞いて、少し気になる事があるのですが」
椀を置きデュランがオヴェリアに向き直る。オヴェリアも居を正した。
「似ていると思いませんか? ……先日のカーキッドの話と」
「え?」
オヴェリアとマルコはもちろん、カーキッドも珍しく驚きの顔を浮かべる。
「どういう事だ」
「海の向こうの国、エッセルトで繰り広げられた内戦。確かお前、言っていたな? 相手方は竜を兵器として使ってきたと」
カーキッドの目に何とも言えない色が灯る。
――エッセルトの内戦。
マリエル教信者を中心とする部族民の蜂起が発端となった戦い。だが背後にあったのはエッセルトの隣国レセルハイム。レセルハイムが部族民を焚き付けた事から始まり、最終的にエッセルトは崩壊に至る。
「確かに……そうだな」
カーキッドの脳裏に焼き付いて離れない光景がある。それは、初めて竜を見た時の事。
戦乱の中入った集落、それこそが罠だった。普通の人々がなりふり構わず兵士に向かって襲い掛かる状況。丸腰の人々を殺す兵士、躊躇えば、なぶり殺しにされるのは兵士の方。
そして決定打だったのは、空から現れた竜。
……それはすべてを焼いた。町も、人も。敵だろうが味方だろうが関係なく。
炎の記憶。それは脳裏よりも魂そのものに刻み付けられた残像。
「村そのものが罠だった点、そして竜を使った点」
「関係があると? エッセルトは海の遥か向こうだぞ?」
「さぁ。だがお前の噂が届くほどだ」
鬼神と呼ばれた、一人の剣士。
「……どこのどいつが広めやがったのか」
「よほどの様 だったのだろうな」
カーキッドはらしくなく自嘲の笑みを浮かべた。オヴェリアはそんな彼を黙って見つめた。
「何にせよ、どうにも引っ掛かります。エッセルトの内戦は何年前の事だ?」
「3年……4年か」
「ハーランドとバジリスタの紛争が20年前。海をまたいだ2つの国……皮肉にも、宗教が絡むのも同じ」
「……」
「さながら、人の行く道は時代が変わろうとも同じという、揶揄のようでもありますな」
小さく首を振ると、デュランは再び燗酒をあおった。
下を向くマルコの姿を見、オヴェリアはしばし視線を流した。
なぜそう思ったかはわからない。だが、
「……悲しい」
3人の男が顔を上げる。
「竜は、悲しい」
「……」
「……悲しい生き物……」
その脅威は知っているのだ。オヴェリアは剣を走らせた。
なぜそんな事を思うのか。命を奪われそうになったのに。
間近だったのだ。その存在が放つ絶対的な死は。
今ここにいる事、生きている事は、奇跡にも等しい。
――ゴルディアに現れた竜は、国の脅威。だから旅に出た。それを滅ぼすために。
この世界には竜によって滅んだ国もある。その業火によって焼かれた大陸は、滅亡の危機に瀕した事もあると歴史書には伝えられている。
それでも、なのだ。
……懐からマルコが石を取り出す。碧 の焔石。何千年も昔に栄えたという竜の世界。地中から見つかった化石の、心臓があったであろう部分にあるという小さな石。
割れば、大地を包む炎が溢れ出す。
だがその石は小さい。竜と対峙したオヴェリア達とすれば、何と小さな物かと思う。
これが、命の石なのか。
日に透かせば石の中には揺らめく光が見える。だがそれは、何とか細きものか。
……今、竜の末裔は人里離れた未開の地に住まうと言う。
その姿をマルコの父は見たのだ。
そして……惹かれた、その魂に。
「兵器として使われる命……」
「……」
「マルコ……あなたはご両親の代わりに見届けると決めた……竜の事、ご両親の事」
オヴェリアがマルコに向けるその言葉は。
「でもこの先は、あなた自身の目で見て決めて……何が正しくて何が間違っているか、あなた自身の心で」
同時に、自分にも向けられている言葉。
「竜という真実……」
4人がそれぞれ脳裏に浮かべる光景。
何かが奇妙に絡み合って。
一本の道が見えてきそうなのに、同時に見えなくなっても行くようだ……と。
「この先に、竜に関する事も何かあるかもしれません」
ポツリと言ったのはデュランだった。
「教会……」
「……」
竜、闇の魔術。
そして……、オヴェリアは口をつぐんだ。
梟 が鳴いたかもしれない。
だがそれは風と、炎の音が勝った。
歌うほどに静かな鳴き声は、ツンとするほどの静寂さえも貫けない。
……星の瞬きのようでもあった。
◇
その夜、オヴェリアは眠れなかった。
カーキッド達の傍を離れ、しばらく川のせせらぎを見ていた。
水面に月が映っている。それを見つめオヴェリアは思った。この光は自分に似ていると。
太陽の光には到底及ばない。闇の中でのみ存在が知られる光。
(私は、)
……父と母の事を思い浮かべる。2人は太陽だ。
国を照らした、人々を照らした。
でも2人がいなくなった今、これからは? この国を照らすのは?
マルコにああ言った、でも本当に迷っているのは自分自身だ。
「眠れませんか」
思いもかけず掛けられた声に、オヴェリアの肩がひどく震えた。
「あ……デュラン様」
「よい月夜でございますな」
返事はせずに、ただ彼が隣に来るのを見つめた。
「本当に冷えてきました」
大げさなほどに息を荒げるその姿に、オヴェリアは少し笑った。
その笑みを一時見つめ、やがてデュランは遠く視線を投げた。
「……このような形でガリオスに戻る事になろうとは」
おかしなものですな、と彼は笑う。
「ごめんなさい、デュラン様」
「何故 姫様が謝られる?」
「私のせいで……」
「ははは、何を仰せやら」
男はオヴェリアに向き直り、はっきりと言った。
「謝らねばならぬのは、私の方でございます。姫様をこのような事に巻き込んでしまった」
「……それは、むしろ私が、」
「……姫様は、本当に、王族としては似つかわしくないほどに謙虚であらせられる」
もっと傍若無人に振る舞ってもよいのですよ? と年上の青年は笑った。
「早うお茶を持ってまいれとか、肩を揉めとか、足が痛いゆえにさすれとか、もう歩きたくないと駄々をこねられても、我ら一向に構わぬものを」
「……そんな事言ったらカーキッドに怒られます」
「はは、奴はそうかもしれませんな。だったら手打ちにしてやればいい。姫様はこの国の絶対的なお人なのだから」
「……絶対的な人……」
月の光と同じだと思う、こんな自分が?
――月は決して太陽にはなれぬ。
「しかし、そんなあなたゆえに、あの男は付き従い……我らもこの身を捧げられたのでしょう」
「……私は、決して」
――迷っているのだ、色々な事に。
目まぐるしく移り変わる現象の中で。
一体この先自分は何をすればいいのか、何をするべきなのか。
この国を守るには? みんなを守るには?
竜を倒す、そのために出た旅路は、もはやそれだけでは済まなくなっている。
「あなたは白き光だ」
歌うようなデュランの囁きは、水のせせらぎに似ていると思った。
「初めて出会ったあの頃から……旅を経てさらに」
「……」
「あなたの魂は一層磨かれ、輝きを増した」
――白という色は、他の何にも染まらぬ色。
もしも光を色で表すとしたら、一番近い色なのかもしれない。
「白が白足り得るのは、他の色を知るからこそ」
何もないなら、ただの透明。そこに光は存在しない。
だがそこに色が生まれる、白となるには。
他の色を知るからこそ。
――闇を知るからこそ、光は生まれる。
黒を知るからこそ、白はある。
他の色が磨いていく、曇りなき純白。
強さがなければ貫けない。
凛とするには、決意がいる。
輝くためには何を知り。
悲しみも苦しみも……そして涙が。
――透明だった一人の少女を、
「旅はあなたを曇らせるのではなく、一層磨き研ぎ澄ました……強く美しい白の光」
「……」
「その色は誰にでも持てるものではありません。……それはあなたゆえに」
あなただからこそたどり着いた色だと。
優しいデュランの目。水面に反射する光が彼の顔を映し出している。
彼は見透かしている、オヴェリアの中の葛藤と迷いを。
「あなたは私たちがお守りいたします」
「……」
頷いたのではない、ただ下を向いただけ。見つめ返す事ができなかっただけ。
「デュラン様、私は」
「……ん?」
「………いえ、私こそ、皆を守りたい……」
「……」
「守りたいんです……デュラン様」
そう呟いた姫に。
デュランは少し、躊躇いながら答えた。
「……それが、あの名の由来ですか?」
オヴェリアが顔を上げる。
デュランは苦笑のように笑い、言った。
「カイン・ウォルツ……あの名前の――」