『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の騎士録−
第50章 ガリオス −2−
「オヴェリア様、あそこにほら! 美味しそうな物が売ってますよ」
「……」
「ねぇ、姫様?」
「……え、あ、うん、ごめんマルコ。何だっけ?」
オヴェリアとマルコのやり取りを聞きながらデュランは思った。
「あれかわいいですよ、姫様」
「……ほんと……美味しそう……」
会話が成り立っていないと。
振り返ってマジマジとオヴェリアを見る。こちらの視線に気づくと、オヴェリアはいつも以上に慌てて「な、何ですか」と言葉をどもらせた。
「いえ、別段」
視線を前に戻すとすぐにマルコがデュランの元へ駆けてきて、
「姫様、おかしくないですか?」
「……はぐれてしまわれぬように、よくよく気を配れ」
そう言ってデュランは、少し離れた出店を見ているカーキッドを見やった。
今日は朝から旅の荷支度のために町にきているのだが、どうにもオヴェリアの様子がおかしい。
カーキッドはいつもと同じだ。だがオヴェリアが彼を避けている……必要以上に。過剰なくらいに。
何かあったなと、気づかないわけがない。
思えば昨日の晩だ。2人で一緒に戻ってきた。その時にはもう、オヴェリアは少しおかしかった。
一瞬、武具の店を見ているカーキッドと所に赴き問い詰めようかと思ったが。
「……まぁ、良いか……」
「え? 何?」
「いや……あ、おい、姫様はどこへ行かれた?」
「あっ! あんな所でぼーっと立ってる! 本当にどうしちゃったんだろう?」
デュランは苦笑する。二人で棒立ちになっている姫の元へ戻る。
その最中、デュランは思い立ちマルコに尋ねた。
「マルコ、お前どこまで使えるようになった?」
驚いた様子で少年はデュランを振り返る。
「え?」
「術だ」
「……ああ……、まだ不完全だけど……」
「詰めろ。いいな。この先どういう局面がくるかわからん」
「……うん」
「頼りにしてるからな」
そう言われ少年の顔はすぐに真っ赤になった。
「う、うん」
呆けた様子で立っているオヴェリアに声を掛けるマルコは、先ほどよりも表情を引き締めていた。
その様を見ながら、デュランは顔には出さずに考える。
この先の事である。
……マルコの術は必ず鍵を握る事になる。だが問題は、彼の術が陣形を発動の起点としている点である。
白墨を使い、陣を描き、そこから術を組み立てる……デュランのように言葉だけでは完成しない。だがそれを未熟ゆえになどとは言えない。教会に属する熟練の術者でも発動条件は様々。現実デュランも、護符を使うのと使わないのとでは術の調整加減が微妙に違ってくる。
マルコの場合は、実際に目に見える形で陣を描く事で、脳裏に発動までの道筋を作っている。
そんな彼に、デュランは、白墨を使わず宙に描いて術を繰り出す練習をさせている。
今までの旅とこれからの事を考えた上で……いつどこでも白墨で陣が描けるとは限らない。緊急時を考慮しての判断だ。
だがそれはたやすい事ではない。まず第一に音に相性がなければ成り立たない。いかに熟練の術者とて、音との繋がりがなければ術を生み出す事はできない。
これは修練を重ねれば身に付くという物ではなく、生まれ持っての才能に近い。その上ですべての構造と理念を理解し辿り着ける領域である。
デュランの場合は幸いにも音との繋がりがあった。そして禁忌との契約。2つがあるからこそ築ける術がある。
だが術の属性に関しては得手不得手がある。デュランは水の術はほとんど使えない。
少年は懸命に努力している。無理を言っている事はわかっている。だが不可能だとは思っていなかった。かつて少年は言葉もなしに水の術を使った事があると聞いた。例え錯乱した中で放った物だったとしても、それは素質があったればこそ。
現実、彼は先日疾走する馬の上で何とか術を解き放つ事に成功している。その時は光の術だったが、水以外にも可能性があるという事に他ならない。
「どうしたのですか? 姫様」
オヴェリアが店先で立ち止まり、中をじっと見ている。
何か目に付く物があったのかと、デュランも中を覗きこんだ。
そこには色とりどりの宝石が並べられ、『アクセサリー作ります』という看板が立て掛けられていた。
「お好きな石で作りますよ」
女性の店員がにこやかに言った。
「これは何とも、美しいですな」
出店の小さなテントだ。布越しに入ってくる日の光とランプの光が、絶妙に宝石の表面と奥の輝きを引き出している。
それは旅の中で忘れていた景色だった。デュランは、オヴェリアが育った世界に思いをはせた。
旅、剣、戦い……なぜこの人はこんな姿でここにいるのだろうかと。
そして同時に思うのだ。……なぜ出会ったのか。
「お気に召す物がございましたか?」
優しく微笑みかける。オヴェリアは小さく首を振った。
「どんな石でも?」
店員が頷くと、彼女は懐に手を伸ばした。
「これはいかがですか……?」
手に握られていたのは赤い石。ルビーだ。
「その石は、」
デュランにも見覚えがあった。
元々は短剣に埋め込まれていた物だ。オヴェリアがカーキッドと旅に出た直後に立ち寄った町で手に入れたと聞いた。白薔薇の剣と別で持っていたもう1本の剣。
その剣には何度も助けられたと聞く。デュランも手にした事があった。その剣でギル・ティモを寸前まで追い詰めた事もあった。
だが最後は、ギル・ティモが生み出した竜を滅ぼした時失った。
唯一残った石を、オヴェリアが大事に持ち歩いている事は知っていたが。
「これで……できませんか?」
受け取った女性はすぐに奥から道具を持ってくる。
「ペンダントでよろしい?」
オヴェリアが返事をするや否や、銀のひも状の物を石に引っ掛ける。細めのワイヤーだ。
ワイヤーを石に巻き、まずは固定をしていく。ねじりながら縁取りに装飾を入れ、さらにひねると花の形になった。
思わず見入っている間の出来事だった。ルビーはペンダントトップに代わり、最後にチェーンを通した状態でオヴェリアの手に戻ってきた。
オヴェリアは感激に言葉を失った。
代金として数枚の硬貨を渡したが、女性は「ありがとう」とその中から1枚だけ掴んだ。
「技術でございますなぁ……素晴らしい」
デュランも見せてもらう。改めて感服する。マルコも「凄いです!!」を繰り返す。
オヴェリアはことさら嬉しそうだった。
「何してんだお前ら」
店から出ると、カーキッドがこちらに歩いてくる所だった。オヴェリアは一瞬表情を輝かせて、「これ……」と差し出したが。
カーキッドに渡した時にはもう俯 いて。慌てたようにマルコの後ろに行っていた。
「なんじゃこりゃ。すげぇな」
「……そ、そうでしょ?」
身を縮めてマルコの背丈に合わせて隠れようとしている。姫に肩を掴まれたマルコが、目を白黒させている。
だが、カーキッドが勝手に首から掛けようとしているのを見て、慌てた様子で手を伸ばした。
「返してください」
「あん? 俺のじゃねぇのか?」
「誰もあげるなんて言ってません」
意地悪くカーキッドはオヴェリアの手から逃げる。最終的にうさぎのように飛び跳ねて奪い取ったが。
すぐさま、マルコの後ろへ戻って、また隠れようとしている。
その様を見て、デュランは耐えきれずに笑い出した。
「チ……何笑ってやがる」
「別に。……さあ、買い出しに参りましょう」
先頭を歩き出したカーキッドが、チラリとオヴェリアを振り返る。目が合うとオヴェリアは、今度はデュランの背中に隠れた。
「姫様……カーキッドさんと喧嘩でもしたんですか?」
マルコが不思議そうに言い、デュランはまた笑った。
カーキッドは知らぬ顔で歩いて行く。
◇
出立は翌朝、日の出前。
「どうかお気をつけて……」
「あなた方も、息災に」
礼を言い、別れを惜しんでオヴェリアは二晩共に過ごした3人の手をぎゅっと握った。
「どうか体に気を付けて」
「姫様方も」
女が泣き出した。オヴェリアはその体を優しく抱 く。
「我々がここに来た時、オヴェリア様手配の噂は聞かれたのです」
男が意を決し告げる。
「ガリオスからの使者がやってき、もし万が一オヴェリア様たちが現れたら捕らえるようにと触れを出したそうです。だが……知らぬうちに消えました。誰も取り合わなかった」
「……」
「その後、オヴェリア様が国民に発せられたという言葉が届きました。姫様、あなた様の事を思っているのは恐らく我々だけではない……皆が案じている、見えずとも、聞こえずとも、皆が」
「……」
「だからどうか……お身を大事に。あなた様は一人ではない……」
3人はガリオスまで一緒に行くと言ってくれた。オヴェリア達はその気持ちを受け取り感謝を述べた。
「ありがとう。……ありがとう」
少女がマルコに、花を差し出した。
マルコは驚いたが、照れくさそうに笑って受け取った。
少女は泣かなかった。ずっとマルコを見つめていた。
「ご武運を!!」
別れの言葉は、誰も口にしなかった。
「寒いな」
大の男が肩を丸めて先を行く。
デュランは空を見、天候を案じる。
マルコは置いて行かれないように一生懸命歩き、オヴェリアは前を行くカーキッドの背中を見つめる。
「それにしても……驚くでしょうな」
デュランがオヴェリアを振り返る。
「本当によろしかったので?」
問われオヴェリアは一瞬キョトンとしたが、「構いません」と頷いた。
「こんな暖かい外套が手に入りました。これで充分です」
宿代として幾らか渡そうとしたが、断固として断られた。ゆえに、代わりにオヴェリアはここまで羽織ってきた外套に手紙を添えてこっそりと置いてきたのだ。
薔薇の刺繍がされた上質な代物である。普通に暮らす物が簡単に手に入れる事ができるような物ではない。裏には王家の紋章まで縫い込められている。
「もったいねえ」
カーキッドが大反対したが、オヴェリアは意志を曲げなかった。
「もしもの時にお金に換える事もできましょう」
デュランは思った。自分ならばそんな事できようはずもないと。
「暖かいです、これ」
城から持ってきた物とは比べられないが、愛しそうにオヴェリアは新しい外套に触れた。濃紺の生地には刺繍はされていなかったが、裏地が起毛になっている。
「カーキッドに選んでもらった物でしたな」
「……」
オヴェリアが一瞬固まり、そっと外套で顔を半分隠す。
「……お前らの外套も俺が選んだじゃねぇか」
「ああそうだった。失敬失敬」
「あったかいです、カーキッドさん」
「あったかいぞ、カーキッド」
「……」
オヴェリアとカーキッドの目が合う。無言の中に、二人がどのような言葉を交わしたかは誰にも知れない。
だが。
「行きましょう」
オヴェリアが言い、「おう」とカーキッドが答える。
そんなやりとりに、デュランは苦笑する。
「暑いくらいだ」
振り返る道はあれど、戻る事できない町並みを見ながら。
道は一路、ガリオスへ向かう。