『 白薔薇の剣 』
−最後の王女の物語−
第55章 ここに終章を刻む
彼女の歌が好きだった。
そしてそれは、私だけではなかった。
彼女の歌を聞きながら、涙を流す者は少なくなかった。
誰もが安らかな笑みを浮かべている。
おかしな光景だった。私はこの光景を見るたびに、ここがどこなのかわからなくなる。
戦場のど真ん中で、今日もたくさんの仲間が死んだ。明日も、ここにいる何人かが死ぬだろう。
誰も残らないかもしれない。
私とて、もう明日の夜はこの世にいないかもしれない。
なぜ私たちはこんな所にいるのだろう。
いいや、私たちはいいのだ……そういう定めで生まれてきたのだろう。この世界がそれを望んだ、戦うしかないのだ……ここに生まれ落ちたからには。
だが彼女は?
なぜこの少女は私たちと共に戦っている? 不釣り合いな剣を胸に抱き、振る事もままならないような状況で。
今日初めて彼女は人の命を絶った。
だが彼女は、今日も誰かのために歌っている。
あまつちの
さえなずむ
ほむらびの
せかいをやすらむ
いつか、この歌が残ればいいのに……そんな事を思った。
私たちが滅んでも……平和になった世の中で。
母親が子供ために歌い、子供が笑いながら歌っている……ああ、もしそんな世が来たならば。
今戦っているこの瞬間は、無駄ではないのか?
私たちが生まれた事、
「……カイン、」
生きた事、
「……どうか、この剣を」
懸命に戦って、そして死んでいく事にも。
「白薔薇の剣を持って、――――」
意味があるのだろうか……?
なぜ白薔薇なのかと尋ねた事がある。
彼女は言った、母が好きだったのだと。
彼女から母親の話を聞いたのは、それが最初で最後だった。
彼女がどこで生まれたのかは知らない。
ただ、父親の事は聞いた。
それを知っているのは私だけだ。生涯口を開くつもりはない。
ただ…………………私は思うのだ。
なぜ……なぜだと。
これが世の無常かと。
世界を救ったのは彼女だ。
だが……彼女はそれを知る事なかった。
ただ、己の存在が罪だと信じて。
たった一人の父親に言われるがままに。
…………………その言葉を信じて。
世界は幕を閉じた。
もう歌声は還らない。
だから、ここから先は。
私があなたに捧げる――最後の愛の形である。