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森 春美



その三



 お参りを済ませ、明日に備えて少しでも下っておこうと、またモクモクと歩きだしまし た。途中でバスの運転手さんに蒸したおイモさんを、果物売りのおじさんに柿の接待を 受けました。疲れ果てて、道端に座っておイモさんを食べたりしながら、夕方近くにな ってやっと寄井の「坂東旅館」に着きました。

 そこはお婆さんと拾われたネコだけでやっている、お遍路さんだけのための旅館でした。 お婆さんはお母様の時代から、お遍路さんのために旅館をなさっているようです。「身 体が動ける間はやってゆきたい」というお婆さんの心に、京子はたいへん感動していま した。

 この家が京子の田舎の家によく似ていると喜んでいました。私もここでは贅沢は言えな いと、シャンプーも我慢して、静かにしていました。手伝える事はしなければと動きま した。

井戸寺はまだか!

 朝を迎え、お婆さんと記念写真を撮って出発です。十三番大日寺、十四番常楽寺、十五 番国分寺、十六番観音寺と頑張って歩きました。観音寺を出て、1・5キロ位歩いた時 に、道を間違えている事に気がつき引き返しました。「えぇーん、しんどいよー」また、 トコトコトコと今日の宿泊地十七番井戸寺を目指して歩きます。ビニールハウスの前に いらした農家の方に「井戸寺、いどじ、イドジはまだかー」と聞きました。もう私はズ ルズルです。

 この日の昼頃に、命理学会の橋本雅美さんに会いました。私達が道端でおイモを食べて いる時に車で横を通り過ぎたのが一度目で、また、用事が済んで走っていると私達が歩 いているので、日に二度も会うのは何かの縁だろうと、車を止めて下りてこられました。 手相などを見て、もし良かったら井戸寺の近くが家だから、「名前と生年月日を書いた メモをポストに入れておきなさい」と言われました。私達はお遍路の途中の出会いでも あり、感じの良い方でもあったので、丁寧にお礼を言って別れました。もうすでに暗く なり、すれ違ったお婆さんが私を見て、哀れそうな顔をしてジーッと見ていました。き っとボロボロの姿だったのでしょう。

 しかし、遠くにキラキラと光る、田舎には珍しい都会風のケーキ屋さんの看板を見つけ たときは、ちゃっかり元気になりました。ケーキを二つ買って、真っ暗の中、やっと井 戸寺に着きました。部屋に入って大笑い。京子も私のためにケーキを買っていたのです。 たらふく食べました。ここの女の方は、とても優しかったです。お寺は迷路のように広 く、九時頃には真っ暗になってしまい、私は電話をかけに行きましたけど、遠慮してや めたのを覚えています。

 お寺は夜も朝も早い。私の日常とはえらい違いです。朝食を静かに、速やかに食べて、 出発です。

 前日の橋本さんの家を捜すとすぐに見つかり、ポストに生年月日等を書いたメモを入れ ました。しかしここからが地獄だったのです。この日は三十キロ以上歩いたのです。

食欲も消え失せて

 徳島市内を歩いていると、「阿波踊り」の人形からくり時計を見つけて、私は喜んで写 真を撮りました。ちょうど十時だったので、阿波踊りの音楽とともに、人形が踊りだし、 その精巧さに感心しました。「すごいなぁー」。

 私は「水子供養」を願いながら、各寺でお参りしているうちに、水子地蔵がどうしても 欲しくなりました。同じ買うなら四国の地で、と思って歩いていると「仏壇のもり」を 見つけました。思っていたとおりの水子地蔵さんを見つけ、小躍りして買いました。

 十八番恩山寺、十九番立江寺と二十三キロも歩いて、急いで今日の宿泊地の「金子や」 さんに行こうと気は焦りますが、もう日は暮れかかっています。

 京子の姿は遥か遠く、辺りはどんどん暗くなり、この世に唯一人の心境で、田圃を、土 手を、国道を歩きます。

 大きな橋の上でした。一台の車が横に止まりました。「もうあんたの足は動いとらん。 乗せてあげるから乗りなさい」 「ありがとうございます。でも一番でお大師さんに、歩いて回りますと約束しましたの で頑張ります」 「いいや、お大師さんもそれだけ頑張ったなら、もう怒りはらへん。乗りなさい」と言 われ、私は思わず涙がボロボロ・・・と溢れました。でも丁寧にお断りして、また歩き だしました。

 橋を渡ったところで、京子がベンチに座り、サンドイッチを買って待っていてくれまし た。待ちくたびれて、少し寒そうでした。

 まだかまだかと人に聞き、歩いても歩いても「金子や」はありません。もう真っ暗です。 とうとう女子中学生の自転車に導かれ、やっと到着したときにはもうぼろぼろでした。 この時また思いました。「誰のために」「何のために」と。遅くなって冷めた食事はま ずく、疲れ果てている二人は、さすがに食欲もありません。京子はこの日は朦朧として、 私と話した事もほとんど覚えていなくて、ぐっすりと眠ってしまいました。







その一
その二
その四
その五



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